赤報隊の正体に迫る7冊

2023/05/03

新聞業界 読書

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本日53日は憲法記念日。そして、36年前に朝日新聞阪神支局襲撃事件が発生した日でもあります。

僕は1カ月余り前、このブログに「連載【赤報隊に会った男】を始めます」という告知を出しました。この連載は、阪神支局襲撃事件をはじめとする警察庁広域重要指定116号事件(赤報隊事件)にまつわる謎を考察したもので、おかげ様でこのほど無事完結させることができました。現在もnoteで公開中なので興味ある方はこちらからご覧ください。


さて今回は、連載を書くにあたって僕が活用した参考文献を中心に、赤報隊の正体に迫った7冊の書籍を紹介します。戦後史のミステリーともいうべき116号事件の真相に興味を持っている方は、連載と合わせてぜひこれらの本にも目を通してみてください。

(※本来この記事もnoteで公開すべきなのですが、アナログ人間の僕にはAmazonや楽天ブックスの商品リンクをnoteに貼り付ける方法がよくわからないので、使い慣れたこのブログでやらせてもらう次第です)


 「記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実」

樋田毅 2018年 岩波書店


この事件の背後にある闇の深さを知るために何か1冊読むとしたら、文句なくこの本がおすすめです。

著者は、朝日新聞116号事件取材班のキャップを長年務め、定年退職した後も事件の真相を追い続けているジャーナリスト。2018年に放送されたNHKスペシャル「未解決事件File6 赤報隊事件」の再現ドラマで、草彅剛さんが演じた新聞記者のモデルにもなった人物です。この本には、その樋田さんと取材班メンバーたちの長年にわたる取材の蓄積が凝縮されています。

読みどころは色々ありますが、その一つが今話題の旧統一教会に言及した部分でしょう(本書では「α教会」と記述)。

ご存じの通り、116号事件では発生当初から、右翼活動家のほかに統一教会の関与を疑う見方がありました。もちろん、取材班も教団周辺を精力的に取材してきました。結果的に教団が事件に関与した証拠は見つからなかったのですが、樋田さんは取材の過程で明らかになった教団の暗部をかなり詳細に描いています。

今でこそ、安倍晋三元総理暗殺事件が契機となって多くのメディアが統一教会の反社会性を指摘するようになりましたが、この本が出版された2017年当時、日本のメディアは教団批判をタブー扱いしていました。そんな中、あえてこの教団の危険な実態に著書で踏み込んだ樋田さんは立派だと思います。

また、この本の凄いところは、朝日新聞社の恥部にも言及している点です。

取材班の記者たちが統一教会の闇に肉薄する一方で、社の上層部が「手打ち」とも受け取れるような会合を教団幹部と開いていた。教団に篭絡され、金銭を受け取っていた疑いのある編集委員が社内にいた。取材源の秘匿を守るため警察にも提供を断っていた小尻知博記者(阪神支局襲撃事件で命を落とした若手記者)の取材ノートのコピーや社内資料を、無断で警察に流していた警視庁担当記者がいた————といった事実の数々には驚かされました。

(いや、正確に言うと、取材ノートを警察に流していた記者の話だけは「さもありなん」と思いながら読みました。この業界には、警察取材を担当しているうちに警察ベッタリなってしまう記者がたくさんいます。)

こういう不都合な事実に触れているためか、この本が出版された時、朝日新聞社は樋田さんに対し「未公表の取材情報を弊社や取材班の同意も許諾もないまま無断で刊行した」として厳重に抗議したそうです。

確かに、チームとして長年蓄積してきた取材情報を、その一員が独断で公表したという批判は免れないでしょう。ただ、それでも僕は、この本を書いた樋田さんの決断を支持したいと思います。

なぜなら、これらの事実は歴史に残すべきものだから。この本に書かれている昭和・平成期の右翼団体や統一教会の動向、事件をめぐる警察捜査や朝日新聞社内の動きは、当事者らの利害を超えて後世に伝える価値があると思うからです。

朝日新聞社の一員による公式発表的な内容ではなく、フリーの立場でタブーを設けず事実を記録しているところにこの本の真価があると感じます。

 

 「二本の棘 兵庫県警捜査秘録」

山下征士 2022年 KADOKAWA


こちらは朝日新聞阪神支局銃撃事件の捜査を担った兵庫県警の元捜査一課長による回想録。警察側から見た116号事件、そして捜査の舞台裏がわかる貴重な資料です。

特に印象に残るのがこの記述。

116号は警備部(公安セクション)が動いたことで、都道府県の壁と、刑事と公安の間の壁がそれぞれ情報を分断し、ブツ切りの捜査が続いた感は否めない。後に、報道機関やジャーナリストが多角的な取材によって事件を立体的に構成したとき、私はいかに自分の理解が浅いレベルにとどまっていたかを痛感させられたのである。 

都道府県警の縄張り意識や刑事部門と警備部門の対立によって捜査が非効率になるという話はよく聞きますが、当事者がここまで率直に「縦割り組織」の弊害を述べている例は珍しい。本書によると、刑事部門の山下さんが情報収集のために他府県の警察署に出向いても、公安部門が管理する事件記録を閲覧させてもらえないことがあったというから驚きです。

この本にも前出の「記者襲撃」と同じく、組織を離れて利害関係から自由になった者だけが持ちうる率直さがあると感じました。

なお、この本のタイトルになっている「二本の棘」とは、兵庫県内で発生し、県警が最後まで解決できなかった2つの広域重要事件――――114号事件(グリコ・森永事件)と116号事件(赤報隊事件)のこと。捜査員の間では「ヨン」と「ロク」の略称で呼ばれていたそうです。

山下さんは現役時代にこの2大事件の捜査に深く関わったほか、1997年(平成9年)に発生した神戸連続児童殺傷事件の捜査も手掛けており、これらの体験談も詳しく記されています。特に、神戸事件の捜査で少年Aの存在を割り出すまでの過程は非常に読みごたえがありました。著者の謙虚な語り口にも大変好感が持てます。

 

「赤報隊の秘密 朝日新聞連続襲撃事件の真相」

鈴木邦男 1990年 エスエル出版会


僕が連載で取り上げた新右翼団体「一水会」創設者の鈴木邦男さんが、116号事件の発生から3年後に書いた本です。

ご存じの通り、鈴木さんは発生当初から「事件に関与しているのではないか」と疑われ、公安警察にマークされていました。その彼が右翼活動家の視点から犯人像を推理し、また、朝日新聞の編集委員と対談して事件の背景について語り合うという非常に興味深い内容になっています。

事件が起きた1980年代の新右翼の動向を詳しく記した年表や、事件発生直後に鈴木さんが一水会機関紙「レコンキスタ」に掲載した文章なども収録されており、資料としての価値も高い。ただ、この本には、彼が後に繰り返し語るようになる赤報隊との接触エピソードは全く出てきません。

 

 「夕刻のコペルニクス」

鈴木邦男 1996年 扶桑社


こちらも鈴木さんの著作で、週刊誌「SPA!」の連載コラムをまとめた本。彼は1995年にこの連載で「赤報隊に会ったことがある」と告白して物議を醸すのですが、そのあたりの記述はこの本に全て収録されています。

また、116号事件のほかにも、一水会の若手メンバーが仲間殺しに手を染めてしまったスパイ粛清事件や一水会メンバーによる雑誌編集部襲撃事件など、右翼活動家時代の鈴木さんが間接的に関わった「黒歴史」の数々が、赤裸々に描かれています。その記述がどこまで正確なのか、なかなか見極めが難しい部分はありますが、読み物としては非常に面白いです。

 

 「続・夕刻のコペルニクス」

鈴木邦男 1998年 扶桑社


鈴木さんの「SPA!」連載をまとめた単行本の第2巻です。さきほども述べたように赤報隊との接触話は第1巻に収録されているのですが、この第2巻にも116号事件関係の話題として、警察が作成した赤報隊の似顔絵が一水会のメンバーに酷似していた話、赤報隊の正体についてジャーナリストの有田芳生さんから聞かされた推理の話、赤報隊を名乗って鈴木さん宅に脅迫電話をかけてきた男の話などが紹介されていて興味深いです。

ちなみに、鈴木さんによる「SPA!」の連載コラムは1994年から2001年まで続くのですが、このうち199410月~199610月分は上記の第1巻に、199610月~19983月分はこの第2巻に、そして、19983月~20002月分は第3巻にあたる「夕刻のコペルニクスⅢ」に収録されています。

しかし、残りの20002月~2001年6月分は今のところ単行本未収録なので、「SPA!」のバックナンバーで読むしかありません。また、それ以前の期間のものであっても、雑誌掲載時に関係者からクレームが来たりしたため単行本未収録になった回があるようです。

 

 「新聞社襲撃 テロリズムと対峙した15年」

朝日新聞社116号事件取材班 2002 岩波書店


赤報隊を追い続けてきた朝日新聞の取材班が、阪神支局襲撃事件の時効成立後に出版した本です。事件そのものについて書かれた部分はもちろん、事件の背景になったとみられる当時の政治情勢————中曽根政権と右翼界との複雑な関係、事件前年に世間を騒がせた靖国神社参拝問題や歴史教科書問題、右翼団体・皇民党による竹下登氏への「ほめ殺し」などを解説した部分も興味深いです。

後半は主に、事件発生から時効成立までの取材班の活動を振り返る内容になっていますが、新聞連載がベースとなっているため、短いエピソードが散発的に語られている印象。取材班キャップだった樋田さんが退社後に出版した「記者襲撃」に比べると迫力不足の感は否めません。ただ、後述する一橋文哉著「『赤報隊』の正体」に対する反論なども書かれていて面白かったです。

 

 「赤報隊の正体 朝日新聞阪神支局襲撃事件」

一橋文哉 2002 新潮社


グリコ・森永事件を題材にしたノンフィクションの名作「闇に消えた怪人」の著者として知られる覆面ジャーナリストが、116号事件で独自の推理を展開した本です。

阪神支局襲撃犯の動機については、一般的に「朝日新聞の報道や論調に対する恨み」と考えられていますが、著者の一橋さんは本書の中で、記者個人への殺意が事件の引き金になったと主張しています。

ごく大雑把に言えば、阪神支局の若手記者が、当時社会を騒がせていた平和相互銀行の不正融資事件にまつわる重要書類を入手したために消されてしまったという内容。この推理をもとに著者は、朝日新聞社はこうした事実を隠して真相解明への道を閉ざそうとしているのではないか、と批判しています。

ただ、一橋さんには失礼ながら、説得力があるとは言い難い内容。この本が出版された当時、僕は「あの一橋文哉が116号事件について書いた!」とかなり期待して手に取ったのですが、一読して「さすがにこれは…」と困惑したことを覚えています。

すると、その直後に朝日新聞の取材班が出版した上記「新聞社襲撃」の中で、取材班キャップの樋田毅さんが、一橋さんの推理に反論し、平相銀行事件原因説のタネ明かしをしていました。それによると、この話は元々、東京のフリーライターが事件直後に兵庫県警に持ち込んだガセネタで、これを県警が捜査報告書にまとめたまま裏付け捜査をせずに放置していたため、その情報が再びマスコミに流れ、あたかも信憑性があるかのように独り歩きしたというのが真相のようです。

というわけで、赤報隊の正体に迫る本としては微妙な1冊なのですが、「未解決事件は往々にして陰謀論を生み出す」という事実を学ぶうえでは価値ある文献と言えるかもしれません。


以上です。これらの本を読んだ方はぜひ感想を教えてください。また、他にもこんな本があるというおすすめ情報があればぜひ教えて下さい。


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コロナ禍のなか、45歳で新聞社を早期退職し、念願のアーリーリタイア生活へ。前半生で貯めたお金の運用益で生活費をまかないながら、子育てと読書と節約の日々を送っています。ただいま49歳。

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