僕の場合、それは「国民年金保険料の免除制度を使うべきかどうか」という問題でした。
目の前の支出を減らすことを優先すべきか、それとも、老後の収入を少しでも増やすことを優先すべきか―――。ここは思案のしどころです。
というわけで今回は、この件について僕がどういう選択をしたか話そうと思います。
まず、基本的なことを説明しておきましょう。
国民年金は20~59歳の国民に保険料の支払いが義務付けられている公的年金制度です。
保険料は年19万8240円(2023年度現在)。これを40年間休まず納め続けた人は、65歳から満額の年金(年79万5000円=2023年度現在)を生涯にわたって受け続けることができるわけです。
この「生涯にわたって」というのが重要なポイントです。銀行口座にためた預金は使えば減っていきますが、年金は泉のごとく湧き続ける老後の収入源なのです。
(※サラリーマンの方は、いつも給料から天引きされている厚生年金保険料の中に、国民年金の保険料も含まれていると考えてください。)
●全額免除のメリットは大きいが…
しかし、稼ぎの多くない人にとってみれば、現役時代にこれだけの保険料を払い続けることは大変な負担です。このため国民年金には、所得が一定額以下の人々を対象にした免除制度が設けられていて、所得が極端に少ない場合は保険料が全額免除されます。
もちろん、会社を早期退職した元サラリーマンも、この制度の恩恵を受けることが可能です。だから、「FIRE」(Financial Independence&Retie Early)を達成した多くの先人たちが、この全額免除を受けているのです。
いうまでもないことですが、FIRE生活の成否をわけるカギは、日々の支出をいかに抑えるかということですから、この作戦は理に適っていると思います。
しかも、この全額免除には「負担をゼロにする」という以上の利点があります。
なんと、その人が年金を受け取る年齢に達した時、保険料を免除されていた期間についても、本来納める保険料の半額を払っていたとみなして支給額が算出されるのです。ここが単なる未納とは異なる点であり、かなりの優遇策だと言えるでしょう。
ここまで読んだ方の多くは「それ、利用しない手はないじゃん」と思ったでしょう。
しかし、僕は迷ったのです。
いくら優遇されるといっても、59歳まで保険料を納めきった人と比べたら、将来の年金受給額が多少減ってしまうことにかわりはない。それって想像以上のデメリットなんじゃないだろうか―――と。
そこでざっくり試算してみました。
仮に45歳でリタイアして全額免除を受けたとすると、トータルでどのくらい保険料が浮き、そのかわりに年金受給額がどのくらい減ってしまうのかというシミュレーションです。
(僕が早期退職したのは2020年ですが、これからFIREする方が参考にしやすいように、ここでは2023年度のデータをもとに説明します。)
●損得が逆転する年齢
まず、45~59歳の15年間に節約できるお金はこうなります。
年間保険料19万8240円×15年=297万3600円
全額免除を15年間続ければ300万円近く得するわけですね。
次に、この人の将来の年金受給額を計算しましょう。計算式はこんな感じです。
年金受給額=79万5000円×(納付した月数+免除された月数÷2)÷全期間の月数
この人が保険料を納付したのは20~44歳の25年間だから、月数に直すと300カ月。免除されたのは45~59歳の15年間だから180カ月。全期間というのは20~59歳の40年間だから480カ月です。これらの数字を計算式に放り込むとこうなります。
79万5000円×(300カ月+180カ月÷2)÷480カ月=64万5937円
はい。全額免除を15年間続けたら年金受給額は64万5937円になるわけです。
保険料を40年間払いきった人の年金受給額が79万5000円だから、その差は14万9063円。
つまり、全額免除を15年間受けたらトータルで300万円くらい得するけど、65歳以降は毎年15万円くらいずつ損をするということです。
では、得した分が帳消しになってしまうのは何年後か?
297万3600円÷14万9063円=19.94年 (※少数第3位以下切りすて)
そうです。
65歳の支給開始から20年が経過したら、すなわち85歳になったら、全額免除による得は失われ、その後はずっと損が膨らんでいくわけです。
ちなみに、50歳でリタイアして全額免除を10年間受けるケースで試算しても、損得のクロスポイントは同じく85歳でした。
あなたなら、この結果をどう受け止めますか?
ここで少し断っておくと、この試算は以下の要素を無視しています。
・浮いた保険料を投資に回しておけば、老後を迎えるまでに大きく成長しているかもしれない。
・若いころの300万円は年老いてから手にする300万円より価値がある。
・繰り上げ受給や繰り下げ受給があるから受給開始年齢が65歳とは限らない。
・満額の年金受給額や保険料の水準は変動してゆく。
要するに、このシミュレーションはごく大雑把な目安にすぎません。しかし、それでも僕はこの結果を見て、自分なりの結論を固めることができました。
やっぱり、年金の保険料は目一杯払っといたほうが良よさそうだな、と。
●「長生きするほど得する」環境が大事
この判断の決め手となったのは「心理的効果」です。
僕は常々「できる限り長生きして人生を楽しみたい」と希望し、健康に気を配って生活していますが、実際に85歳まで生きるかどうかは誰にもわかりません。だから、保険料をしっかり払い続けたところで、最終的に得をするか損をするかは予測不能です。
いや、厚生労働省によると日本人の平均寿命は男性81.05歳、女性87.09歳だから(2022年データ)、可能性としては損をする確率の方が高いのかもしれません。
しかし、確実に言えることがあります。
それは保険料を払っておいた方が「長生きするほど俺は得をする」という心積もりで日々暮らすことができる、ということです。
そういう環境であれば、自然と「早死にしてたまるか!」という気分になり、年老いても「もっと外に出て運動しよう」「もっと健康的な食事をしよう」「まだまだ生きて、たくさん年金をもらってやろう」と前向きに生きられそうな気がします。
少なくとも、「これ以上長生きしたってお金が減っていくだけ……」というわびしい心理に陥るリスクを減らしてくれる効果はあるでしょう。
このような理由から、僕は今のところ全額免除の申請を見送り、保険料をガンガン支払っています。これも将来への投資の一環だと考えて。
もちろん、これは我が家の経済状況がいまのところ順調だからできることです。「現状では保険料を払うのが苦しい」という方は、迷わずこの制度を使えばいいと思います。下の〈補足1〉にも書いている通り、余裕が生まれた段階で、さかのぼって保険料を追納することもできますから。
◇ ◇ ◇
〈補足1〉日本年金機構のサイトによると、国民年金保険料の全額免除が認められるのは、前年所得が(扶養親族等の数+1)×35万円+32万円を超えない場合。また、失業・廃業した人は一定の条件を満たせば特例免除の対象になります。なお、10年以内であれば、免除された保険料を後から追納して年金受給額を満額に近づけることも可能です。(免除制度の詳細はこちら、追納制度の詳細はこちら)
〈補足2〉逆に「もっと積極的に将来の年金を増やしたい!」という方には、「付加年金」という制度をお勧めします。月々払う国民年金保険料に400円上乗せすることで将来の年金受給額をアップさせるというもので、非常にコスパの良い制度です。詳しくはこちらの記事で解説しています。
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