記者の肩書と一緒に失ったもの

2023/07/05

リタイア生活

 つい先日、中国地方の某県へ、ちょっとした「調査旅行」に出かけてきました。その旅先で珍しく、新聞記者を辞めて失ったものの大きさを実感する出来事があったので、今回はその体験を書くことにします。




伝説めぐりの旅で思わぬ発見

最初に、「調査旅行って何だよ?」と首をかしげる方がいらっしゃると思うので簡単に説明しておきます。

僕は若いころから、日本各地に伝わる平家の落人伝説とか、戦国武将の埋蔵金伝説とかいったものに強い関心を持っています。そういう伝説は大抵、都会から遠く離れた山間地や離島で語り継がれています。

このため僕は、この種の伝説が残っている土地へ泊りがけで足を運び、地元の図書館で文献を調べたり、現場を歩いたりするという趣味を持っています。こういう旅をしながら、その伝説の背景に何らかの史実が存在するのかどうかを考察する――――これが僕の言う「調査旅行」なわけです。

もちろん、調べて考察するという行為だけでも十分面白いのですが、新聞記者時代はそれに加えて「面白い話が見つかったら記事にする」という楽しみもありました。

例えば、ガイドには載っていないようなマニアックな史跡を現地で見つけたり、埋蔵金の魅力に取りつかれて宝探しを続けている人物に出会ったりすると、その場で取材を申し込み、新聞に紹介記事を書かせてもらうのです。僕にとっては娯楽と仕事が一体化したような作業でした。

で、3年前に新聞社を早期退職した後も、僕はこの趣味を細々と続けていました。もちろん、もう記者じゃないので記事は書きません。純粋に「伝説を調べる」ことを楽しむわけです。今回の中国地方旅行も、まさにそういう旅でした。

ところが、旅先で予想外の発見がありました。

ある戦国武将の伝説が残る山間集落へ足を踏み入れる前に、県庁所在地の図書館で文献を漁っていたところ、なんと、伝説の登場人物の子孫とされる一族が、今もその集落で暮らしているらしいことがわかったのです。

しかも、その旧家には、伝説を裏付けるような古文書が先祖代々伝わっているとのこと。僕の胸はにわかに高鳴りました。

会いに行こう、と思い立ったが…

これは是非、その旧家を探し出して子孫の方に会いに行き、古文書を見せてもらいたい。そして、その内容が興味深ければ、雑誌でもブログでもいいので何らかの記事を発表したい!

僕の頭の中は完全に記者時代に戻っていました。

こうなると行動あるのみです。僕はその山間集落の住宅地図をコピーし、ここがそうじゃないかと思われる家をリストアップ。次に電話帳をめくって、それぞれの家の電話番号を地図上にメモしていきます。

この作業が終われば、あとはホテルの部屋にこもって片っ端から電話をかけるだけ。首尾よく目的の旧家を割り出したら、事情を話して取材のお願いをするわけです。

……と、ここで僕は己の考えの甘さに気づきました。

新聞社に勤めていたころなら、電話に出た相手に「私、〇〇新聞の記者をしている穴切という者ですが、そちらの集落に伝わる戦国武将の伝説について調べています。この伝説に登場する□□という人物の子孫のお宅が今も地元にあるとうかがったのですが、そちら様でしょうか?」と単刀直入に尋ねます。

もしも目当ての家だったら、特段の事情がない限り、相手は「ああ、それはうちですよ」と答えてくれるでしょう。逆に人違いだったら、「その家は△△さんのお宅ですよ」と親切に教えてくれるかもしれません。

しかし、それはあくまでこちらに「〇〇新聞記者」の肩書があるからです。新聞社の信用があるからこそ、先方はまともに応対してくれるわけです。

でも、今の僕は単なる無職男。

「私、無職の穴切という者ですが、そちら様は□□の子孫の方でしょうか?」なんて電話をすれば怪しすぎます。ましてや、「個人的に興味があるので先祖代々伝わる古文書を見せてもらえませんか?」なんて頼んだ日には……。

高齢者世帯を狙った「振り込め詐欺」が横行する時代、下手をすれば警察に通報されかねないくらいの不審電話になってしまいそうです。



こういう時に無職はつらい

さて、どうしようか……。僕はしばし途方に暮れてしまいました。

お前が会いたいと思った人物に会うことができるのは、お前に実力があるからじゃない。すべては新聞社の名刺のお陰。だから勘違いするんじゃないぞ――――。

新聞記者になったばかりのころ、上司や先輩からこんな言葉をよく聞かされました。当時は「言われなくてもわかってるよ」と思っていましたが、40代も後半になってこの言葉の意味を改めて嚙みしめることになろうとは……。

結局、僕はさんざん躊躇した末、やっぱり電話をかけてみることにしました。

あえて「無職の……」とは名乗りませんでしたが、電話口に出た相手に自分の住所地とフルネームを告げ、「地方の伝説に興味があって趣味で調べているんです」と正直に事情を打ち明けて協力を求めていったところ、何軒目かのチャレンジで子孫の家に行き当たりました。

その家の御当主は当初、電話口で警戒感アリアリの様子でしたが、話しているうちにこちらの熱意を感じ取ってくれたらしく、最後は無事、僕の訪問を受け入れてくれることになりました。ただし、交渉に要した労力の総量は記者時代の比ではありませんでした。

さらに、先方の自宅を訪れた際も、いろいろと気苦労がありました。

こちらには名刺さえありません。あらかじめデパートで買っておいたささやかな手土産と、自分の住所・氏名・電話番号を手書きしたメモ用紙を手渡し、「怪しい者ではありません」というオーラを出そうと精一杯努めました。

仕事を尋ねられたときは、さすがに「無職です」とは言いづらく、「フリーのウェブライターをしています」と答えました。それで生計を立てているわけじゃないけど、一応、ブログやnoteに継続的に記事を書いて小銭を得ているのでウソではありません。

でも、「俺は無職だ!」と堂々と名乗れなかったことに、「世間体を気にする自分」、もっと言えば「肩書なしでは他人の信用を勝ち取る自信がない自分」を見たような気がして、少々落ち込みました。

以上が、新聞記者を辞めて失ったものの大きさを実感した体験です。

振り返れば3年前に新聞社を早期退職するとき、僕は「世間的な肩書なんてなくなっても俺は全然平気だよ」などと考えていました。

実際に会社を辞めてからも、肩書の失ったことにより日常生活で何かに困るということは特にありませんでした。昔の友人に「今は何してるの?」と聞かれても、「会社辞めて無職だよ」と普通に答えています。

しかし今回、意外なことに趣味の世界で、無職の居心地の悪さを味わうことになったのです。そういう意味では、これが退職後初めて遭遇した「アーリーリタイアのデメリット」なのかもしれません。


〈補足〉僕が今回訪問した旧家の御当主には、結果的にすごく親切に対応していただきました。戦国時代の先祖にまつわる興味深いお話を聞かせてもらったし、貴重な古文書も実物を見せてもらいました。この伝説については今後さらに調査を重ね、いずれ何らかの記事を書いてみたいと考えています。

〈追記〉この記事で紹介した「調査旅行」の成果をまとめた連載記事「八つ墓村埋蔵金伝説の研究」をnoteで公開しました。興味のある方はぜひ読んでください。















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コロナ禍のなか、45歳で新聞社を早期退職し、念願のアーリーリタイア生活へ。前半生で貯めたお金の運用益で生活費をまかないながら、子育てと読書と節約の日々を送っています。ただいま49歳。

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