自民党 vs 百田新党(日本保守党) もし戦わば

2023/09/23

時事ニュース

前回の記事〈百田新党は旋風を起こすのか!?〉を読んだ知人から、「自民党の組織票ってそんなに凄いの? 全然知らなかった」と驚かれました。

確かに、こういうことってテレビの選挙報道を見ているだけでは、なかなか伝わってきません。選挙に多少関わったことがある人にとっては常識でも、そうじゃない人にとっては未知の世界の話なのでしょう。

そこで今回は、新聞記者時代の取材体験を振り返りながら「自民党の組織票の凄さ」をさらに掘り下げ、自民党vs百田新党(日本保守党)の戦いの行方を占ってみたいと思います。





自民党政治家を支える業界団体の票とカネ

前回の記事では、自民党が選挙に強い理由として

 ①長年の利益誘導で築き上げた業界団体などの組織票

 ②個々の候補者のキャラや経歴にほれこんだ支援者の票

 ③なんとなく変化を嫌い安定を求める人々の票

 ④ネトウヨを含む右派層の票

などが重層的に積みあげられるからだ、と説明しました。これを仮に「自民党の4大票田」と呼ぶことにしましょう。

この4大票田のうち、一般の人に最もわかりにくいのは、①の組織票のしくみでしょう。これは長年、権力を独占的に握り続けてきた「万年与党」だからこそ持ち得る強力な武器です。

例えば、お医者さんの業界団体である医師会なら「自民党の先生方の影響力で診療報酬を引き上げてもらおう」といった思惑で自民党を応援します。

同じように経団連なら「大企業の法人税を軽くしてもらおう」といった思惑で。

建設業協会なら「建設会社が潤うよう公共事業を増やしてもらおう」「うちの地方に公共事業をひっぱってきてもらおう」といった思惑で自民党の選挙を手伝うわけです。

僕自身も新聞記者時代、特に田舎の選挙取材でこうした現実を嫌というほど見てきました。

自民党候補の選挙集会をのぞくと、建設会社から駆り出された作業服姿の男たちで会場が埋め尽くされていたり、自民党候補の選挙事務所を取り仕切っているオジサンが実は地元建設会社の幹部社員だったり、といった具合です。

(※余談ですが、高度経済成長期以降、必要性の疑わしいダムや道路が日本各地にばかばかと建設され、税金の無駄遣いと自然破壊が繰り返されてきた背景には、このような自民党と建設業界の深い深い関係があったわけです。)

しかし、選挙に直接関わったことが一度もない人(特に都会にしか住んだことのない人)にとっては、こういう話を聞かされてもピンとこないかもしれません。そういう方のために、ここからは「カネの話」をしようと思います。



業界団体が自民党に提供しているのは、なにも組織票だけではありません。両者の関係の深さを実感してもらうには、具体的なカネの流れを見るのが一番でしょう。


業界からのカネ:高市早苗氏の場合

ここで例に挙げるのは、経済安全保障担当大臣を務める高市早苗・衆院議員です。


高市早苗氏のHPより


高市氏と言えば、自衛隊の国防軍化を持論とするなど自民党内でも特に右派色の強い政治家。右派論客やネトウヨの間では、日本保守党を立ち上げた百田尚樹氏に負けず劣らず絶大な人気を誇っています。

しかし、それだけの人物ではありません。安倍政権下で2度にわたって総務大臣を務め、今や党の重鎮となった彼女は、当然のことながら、自民党を長年支えてきた業界団体とも深い関係を築いています。

以下は、高市氏が代表を務める自民党奈良県第二選挙区支部へ2021年に寄せられた政治献金の一部です。(※画像をクリックしたらくっきり見えます。)




自民党奈良県第二選挙区支部の政治資金収支報告書より


これを見ればわかる通り、奈良県医師連盟からの200万円を筆頭に、歯科医師・税理士・弁護士・薬剤師・不動産業者・石油販売業者などの業界団体から続々と献金が寄せられています。

(※医師連盟というのは、業界団体である医師会の政治的目標を実現するために設立された政治団体。いわば医師会の政治部門のような存在です。そのほかの「〇〇連盟」というのも、おおむね同じような性質の団体だと思って差し支えありません。)

また、あえてここに画像は掲げませんが、収支報告書を読み進めると、奈良県内の複数の建設会社が、高市氏の政治資金パーティー券を50万円~100万円レベルで購入していることもわかります。


業界からのカネ:稲田朋美氏の場合

せっかくだから、もう一例見ておきましょう。次は元防衛大臣の稲田朋美・衆院議員です。


稲田朋美氏のHPより


稲田氏も右派色の強い自民党政治家として知られ、少し前までは右派論客やネトウヨから高い人気を集めていました。

ところがその後、性的少数者への理解増進を目指すLGBT法の制定を進めたことから右派層が猛反発。今ではネトウヨから「裏切り者」とバッシングされるようになってしまいました。

ネトウヨ界隈では、次の衆院選で百田新党が稲田氏の選挙区(福井1区)に刺客候補を送り込むのではないかという憶測も広がっています。

そもそも百田氏は「LGBT法案を通した自民党への怒りから新党を立ち上げた」と公言していますから、ありえない話ではないでしょう。

それでは、そんな稲田氏の政治資金の中身を見てみましょう。以下は、彼女が代表を務める自民党福井県第一選挙区支部が2021年に集めた政治献金の一部です。



自民党福井県第一選挙区支部の政治資金収支報告書より


こちらも業界団体の名前がずらり。おおむね高市氏と似たような集金構造です。このほかにも、福井県内の建設会社など多くの地元企業から政治献金を受け取っていることが収支報告書から読み取れます。

要するに、ネトウヨが大絶賛する高市氏も、ネトウヨが裏切り者呼ばわりする稲田氏も、その金脈をのぞいてみると、同じように業界と太いパイプでつながった典型的な自民党政治家であるということです。



誤解がないよう断っておくと、これらは別に「違法なカネ」ではありません。

「業界側が具体的な案件で政治家に有利な取りはからいを依頼し、その見返りとして政治家がカネを受け取った」といった事実がない限り、今の法律のもとでは合法的な政治献金ということになります。

僕がここでお伝えしたいのは、業界団体からの政治献金や組織票がいいか悪いかという話ではなく、現実問題として、業界と深い関係を築いている政治家の方が、そうでない政治家より集金力も集票力も圧倒的に強いということです。


百田 vs 稲田の直接対決が実現すれば

だから、もし百田新党が次の衆院選で福井1区に刺客候補を送り込んだとしても、稲田氏の地盤を切り崩すのは相当難しいと思います。

では、百田尚樹氏本人が刺客となって福井1区から立候補したらどうでしょうか?


日本保守党のX公式アカウントより


勝敗予想は後述するとして、とりあえず、全国屈指の注目選挙区になることだけは間違いないでしょう。

週刊誌やワイドショーが〈LGBT法制定を積極的に進めた稲田候補〉vs〈LGBT法に怒って新党を立ち上げた百田候補〉みたいなタイトルを掲げて、煽りに煽る様子が目に浮かびます。

注目ポイントはそれだけではありません。

振り返れば、稲田氏もかつて、2005年の「郵政選挙」で小泉政権が郵政民営化反対議員へ放った刺客候補の1人でした。なので、〈刺客として政界デビューした稲田氏が今度は刺客に狙われている〉といった取りあげ方をするメディアも出てくるでしょう。

さらにインターネット上では、百田新党を狂信的に支持するネトウヨたちが、稲田氏に対して誹謗中傷を含んだネガティブキャンペーンを仕掛けることが予想されます。稲田氏にとっては極めて精神的にきつい選挙になることでしょう。

しかし、最終的に勝利するのは、やはり稲田氏だろうと僕は予想します。

都会の選挙ならともかく、福井のような田舎の選挙では、やはりモノを言うのは組織票です。いくら百田氏がネトウヨ界隈で教祖的な人気を誇っていても、現実の選挙戦でこの差をひっくり返すのは並大抵のことではありません。

さらに言えば、過去の選挙応援で対立候補を「人間のくず」とののしったり、他国や沖縄の人々に対する差別的発言を繰り返したりしてきた百田氏のキャラクターは、地方の穏健な保守層の人々に嫌悪感を抱かせる可能性もあります。

というわけで、この勝負はやはり百田氏に分が悪い。

冷静に考えれば、百田氏が選択すべきはこうした直接対決ではなく、広範な地域で広く浅くネトウヨ票を集めて比例代表で議席獲得を狙うという戦術でしょう。

ただし、この比例戦術を軌道に乗せるために、あえて百田氏が敗北覚悟で刺客に立って話題を集める、それによって新党のメディア露出を増やし、比例票を掘り起こす――――というのであれば、それはそれで一考に値する作戦かもしれません。


百田新党の登場で一番ワリを食うのは?

さて、ここまで「自民党を支える業界団体の組織票は凄い」ということを散々強調してきたわけですが、最後に少しだけトーンの違うことを書いておきます。

それは、こうした業界団体の組織票は近年先細りしつつある、という事実です。

というのも、日本の経済成長が止まり、国家財政が厳しくなってくるにつれて、自民党の裁量でバラまける予算にも限りが出てきました。業界側にしてみれば、選挙で一生懸命応援しても相応の「うまみ」が得られないということになれば、どうしてもモチベーションが下がってくるというわけです。

また、勤務先や所属先から「〇〇候補に投票せよ」と指示されても、昔みたいに素直に従う人ばかりではなくなってきたという要因もあるでしょう。

実際、僕自身も選挙取材の最中に「最近は団体に声をかけてもなかなか人が動かんようになった」「あの家の父ちゃんは会社の言うこと聞いて投票してくれるけど、母ちゃんはまた別、というところが増えてきた。昔はそんなことあまりなかったのに……」といった自民党関係者のボヤキを聞いたことが何度もあります。

僕の肌感覚では、恐らく小泉政権が始まった2001年ごろから、冒頭に挙げた自民党の4大票田のうち、①(業界団体票)の比率がどんどん下がり、相対的に②③④の比率が上がってきたのではないかと思われます。(もちろん、都会ではその何十年も前から変化が始まっていたでしょう。)

そういう意味では、百田新党にもつけいる隙はあるのかもしれません。

しかし、かつてより衰えたとはいえ、自民党が握っている業界団体の組織票はまだまだ強大です。

今後の国政選挙で百田新党が旋風を起こすことがあるとすれば、そのあおりを受けるのは自民党ではなく、むしろ百田新党と同じようにネトウヨ人気を頼りにしている旧NHK党や参政党、あるいは「どぎつい言動」をウリにして成長してきた維新などではないでしょうか。

もちろん、自民党の中でも、特定の地域に地盤を持たずネトウヨ頼みの選挙を続けてきた比例代表選出議員などは窮地に立たされるかもしれません。
















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コロナ禍のなか、45歳で新聞社を早期退職し、念願のアーリーリタイア生活へ。前半生で貯めたお金の運用益で生活費をまかないながら、子育てと読書と節約の日々を送っています。

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