漫画版「日本のいちばん長い日」の驚くべき歴史推理

2023/10/03

読書

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今回は最近読んで面白かった本の紹介です。

取りあげるのは、昨年出版されたマンガ版「日本のいちばん長い日」(上下2巻)。

太平洋戦争が事実上終結した1945年8月15日に、日本の中枢で繰り広げられたドタバタ劇を克明に描いた故・半藤一利さん(はんどう・かずとし、1930~2021)の有名なノンフィクションを、「宗像教授伝奇考」などで知られる星野之宣さん(ほしの・ゆきのぶ)が漫画化した作品です。


日本を破滅させかねなかったクーデター

今から78年前、太平洋戦争で国家滅亡の危機に瀕した日本が、アメリカなどの連合国に無条件降伏するにあたって昭和天皇の「玉音放送」をラジオで流したことは、よく知られています。

「堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び、もって万世のために太平を開かんと欲す」という文句で有名なあの放送です。それが8月15日正午の出来事でした。

当時「現人神(あらひとがみ)」と呼ばれていた天皇直々の言葉によって、それまで「一億総火の玉だ!」とばかりに本土決戦に突き進もうとしていた軍人や国民は敗戦を知らされ、世の中の空気がガラッと変わったたわけだから、まさに「鶴の一声」と言えるような歴史の転換点です。

ところが実際には、8月14日正午の御前会議で玉音放送の方針が決まってから、翌15日正午に放送が実行されるまでの間、この国の中枢ではとんでもないクーデター未遂事件が起こっていました。

具体的に言うと、御前会議の内容を漏れ聞いた陸軍省の若手将校たちが「降伏なんて絶対認めんぞ!」と暴走。近衛師団のトップを暗殺して皇居一帯を占領し、天皇に降伏を取り消させようとしたのです。




本当にあと一歩間違えば、日本は本土決戦に突入していたんじゃないかと思わせるようなギリギリの状況でした。

この8月14日正午から15日正午までの「運命の24時間」を、当事者たちへの膨大な聞き取りに基づいて時系列で再現したのが、半藤さんの原作です。僕がこの原作を読んだのはもう何年も前のことですが、「なんて緻密な取材をしてるんだろう」と感心させられたことを覚えています。

で、そのときの感動を思い出しながらこのマンガ版を手に取ったわけですが、原作とは一味違った面白さがありました。

というのは、基本的には原作の流れを忠実に追っているのですが、ところどころで星野さんが漫画家ならではの想像力を発揮して、大胆なフィクションや歴史推理を盛り込んでいるのです。

それが結構、「もしかしてこういうことが本当にあったのかも…」と思わせるような内容で、思わずひきこまれてしまいました。


アッと驚く阿南大臣の極秘計画

例えば上巻の終盤で突然明らかになる、阿南惟幾(あなみ・これちか)陸軍大臣の極秘クーデター計画。

阿南大臣と言えば、史実では、血気にはやる若手将校らに「不服の者は自分の屍をこえてゆけ」(どうしてもクーデターを起こすというのなら俺を殺してからやれ)と宣言し、暴走にブレーキをかけた人物として知られています。




ところが、この作品の中では、そんな彼が大臣室の机の引き出しにクーデター計画書を隠している。その内容がまたすごい。

まずは、終戦を模索している今の鈴木貫太郎内閣を潰して、軍主導の徹底抗戦内閣を立ち上げる。そして連合国との本土決戦に臨み、ソ連が北海道に攻め入ったタイミングでアメリカと講和。そうすれば共産化した北海道への防波堤として、アメリカに南日本軍事政権を認めさせることができる。もし天皇が反対すれば、廃位させて別の皇族を皇位につける――――。

こんなとんでもない計画だったのですが、阿南大臣は結局、昭和天皇の聖断に従うことを選び、計画書を火にくべます。

読者は「ええ!? そんな極秘計画が存在したの?」と驚くところですが、もちろんこれはフィクション。星野さんも作品の中で「この部分は漫画家の想像による」ときっちり断っています。


軍部暴走の影に「南朝末裔」の存在!?

さらに驚かされたのが、物語の結末に出てくる星野さんの歴史推理です。

彼はここで「聖断で戦争を終わらせることができた昭和天皇が、なぜ、最初から開戦を止めることができなかったのか?」という謎を提示します。まあ、近現代史に興味を持っている人なら、誰でも一度は抱いたことがある疑問でしょう。

この謎について、星野さんはまず、昭和天皇が戦後、独白録として語った「私がもしも開戦を拒否したとすれば、国内は大内乱となり、私自身も殺されるか誘拐されるかしたかもしれない」という言葉を紹介。そのうえで「漫画家の最後の想像」と断って驚くべき考察を披露します。

それは今から700年前の南北朝時代にさかのぼる壮大な物語。

このころ2つに分かれていた天皇家の血筋のうち、現在の皇室につながっているのは北朝の血筋です。ところが皮肉なことに、歴史学の世界では、江戸時代の水戸藩で南朝を正統とする考えが盛んに唱えられるようになりました。

この南朝正統論は、水戸の徳川光圀→長州の吉田松陰→長州出身の山県有朋(明治の元勲・陸軍大将)と受け継がれ、やがて明治天皇に「南朝が正統」と裁可させるに至りました。

一方、南北朝の争いに敗れた南朝の血筋がその後どうなったのかはハッキリわかっていません。

ただ、戦前の日本には「南朝の子孫」だと自称する人々が存在しました。例えば、戦後まもなくマスコミの注目を集めた熊沢天皇もその1人。彼などは戦前、有力な軍人らの庇護を受けていたと言われています。

で、ここからが星野さんの推理です。

こうした「南朝の子孫」の存在や、それを庇護する軍人たちの動きは、昭和天皇にとって「軍部に逆らえばいつでも天皇の首をすげ替えることができる」という無言の威嚇になったのではないか。

山県らに迫られる形で明治天皇が「南朝が正統」と裁可したことを踏まえると、このころからすでに、天皇さえも黙らせる仕掛けが用意されていたと考えることができるのではないか――――というのです。

う~ん、なかなか陰謀史観っぽい感じがしますが、面白いことは面白い。

確かに南朝正統論というのは、北朝の血を引く皇室にとってはアキレス腱ともいうべき話題。数百年前に分岐した血脈の因縁に老獪な軍人政治家たちがつけこんだという推理は、伝奇モノを得意とする星野さんならではの発想と言えるかもしれません。

というわけで、原作とは幾分違ったテイストを放つ作品ではありますが、おもわず一気読みしてしまう面白さでした。人によっては、原作にない「漫画家の想像」をさしはさむことに「けしからん」と感じるかもしれませんが、僕自身は「この部分は想像だと明記しているんだから、こういうのもアリかな」と純粋に楽しむことができました。

興味ある方はぜひ読んでみてください。












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コロナ禍のなか、45歳で新聞社を早期退職し、念願のアーリーリタイア生活へ。前半生で貯めたお金の運用益で生活費をまかないながら、子育てと読書と節約の日々を送っています。

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