久しぶりに「おおっ!」と感嘆させられるスクープを見ました。
NHKが昨夜(10月4日)報じた〈ジャニーズ事務所会見 会場に質問指名の「NGリスト」〉のニュース。
ごく大雑把に要約すると、10月2日に開催されたジャニーズ事務所の会見で、主催者側が「こいつには質問させるな」という記者やフリージャーナリストのブラックリストを事前に用意していたという内容です。
実際、会見では、激しい追及で知られる東京新聞の望月衣塑子記者らがいくら手を挙げても全く指名されず、「茶番だ」と憤る声があがっていました。
そんな状況の中、NGリストの存在が暴露されたものだから、東山紀之社長ら新経営陣の信頼は地に落ちたと言っても過言ではありません。「この期に及んでまだ報道をコントロールしようとしているのか…」と呆れた人も少なくないでしょう。
(※ジャニーズ事務所は「会見の運営を任せた外資系PR会社が勝手にやった」という趣旨の弁明しています。)
そんなわけですっかりミソがついてしまった10月2日のジャニーズ会見ですが、無責任な立場で見ているぶんには、下手な舞台や映画よりずっと見応えがありました。
なぜなら、あの記者会見、参加したメディア関係者たちの微妙な立ち位置や能力を浮き彫りにしてしまったからです。
というわけで今回は、ジャニーズ会見を見ながら僕が考えたことを書いてみようと思います。
会見場に沸き上がった異様な拍手
まず、あの会見最大の名場面として特筆しておきたいのは、報道陣に「どうか落ち着いて」と呼びかけたイノッチこと井ノ原快彦・ジャニーズアイランド社長の“演説”です。
それは会見開始から1時間50分ほどが過ぎたころでした。
それまでいくら手を挙げても司会者から指名されなかった東京新聞の望月記者らが、業を煮やして指名なしで質問を連発。それに対して別の記者の怒号が飛び、会場が騒然としてきたところで、イノッチの演説は始まりました。
「ちょっと一言いいですか。こういう会見の場は全国に生放送で伝わっておりまして、小さな子供たち、自分にも子供がいます。ジャニーズJr.の子たちもいますし、それこそ被害者のみなさんが自分たちのことでこんなに揉めているのかっていうのは僕は見せたくないので、ルールを守っていく大人たちの姿をこの会見では見せていきたいと僕は思っていますので、どうか、どうか、落ち着いてお願いします」
彼は壇上からこんなふうに呼びかけたのです。
すると、それに呼応するように会場の報道陣から拍手が巻き起こりました。恐らく、実際に手を叩いたのは一部の記者だと思いますが、それでも1人2人といった数ではありません。
もしこれが、街角のケンカを仲裁する通りすがりのオジサンの言葉なら別に問題はないでしょう。「やっぱイノッチはいいこと言うわ」とノー天気に感心しておけばいいと思います。
しかし、彼の立場は全く違います。未成年への性加害を長年放置していたジャニーズ事務所の経営幹部として、被害者たちに謝罪する立場で会見に臨んでいるわけです。
その人物がこともあろうに「子供が見てるからルール守ろうよ」「被害者が悲しむから揉めるのやめようよ」と記者をたしなめているわけだから、普通に考えれば「お前が言うな!」とツッコミが入るところでしょう。
しかも、です。
質問の機会をめぐって会場が騒然となっていたそもそもの原因は、ジャニーズ事務所にあるのです。
というのは、この10月2日の記者会見、ジャニーズ側が報道陣に「制限時間2時間」「質問は1社1問」「更問い(質問の回答に対する再質問)禁止」というルールを一方的に通告して開催していました。
(※不祥事からの再出発を目指す企業としてはおよそあり得ない態度ですが、こういうワガママがまかり通ってしまうところに僕などは「ジャニーズ帝国」の名残を感じてしまいます。)
つまり記者たちは、「2時間のあいだに司会者に指名しててもらえなければ全く質問ができない」「質問と回答のキャッチボールを重ねながら事実を突き詰めていくことができない」という極めて不自由な立場を強いられていたのです。
僕も新聞記者をしていたことがあるのでわかりますが、こういう状況下では往々にして記者同士で質問機会の奪い合いとなり、議論が散漫になってしまいます。
もちろん、それこそが主催者側の狙いです。
今回のケースで言えば、ジャニーズ事務所から会見の運営を請け負った外資系PR会社「FTIコンサルティング」が1社1問といったルールを一方的に設定したのも、秘密裏にNG記者リストを用意していたのも、動機は同じ。ジャニーズにとって不都合なやりとりを極力減らし、大過なく会見を終わらせるための戦術だと考えて間違いありません。
以上のような構図がきちんと理解できているジャーナリストであれば、B級ドラマのようなセリフにのせられて拍手を送るなんてことは絶対しないはずです。
逆に言えば、イノッチ演説がいかに見当外れかということを見抜くことができない記者、自分たちがいかに主催者側の術中にはめられているかということを自覚できていない記者が、あの場に相当数いたということです。
(※あるいは、単に「ルールを無視して質問を飛ばす東京新聞の望月記者が目障りだ」という理由で拍手した記者もいたかもしれません。しかし、本来その怒りをぶつけるべき相手は一方的なルールを設定した主催者であり、記者同士でいがみ合っている時点で術中にはまっていると言えます。)
イノッチ演説を称賛する芸能記者たち
では、メディアはその後、この場面をどう報じたのでしょうか。
まず目についたのは、会見直後に中日スポーツが配信した〈イノッチの好感度また上昇〉と題する芸能記事。
「さわごうとする記者たちに対して『落ち着いていきましょう、ね』と声をかけたり、大人として子どもの模範になるようルールをまもった姿勢をみせていこうとうったえ、会場から拍手がおきるシーンもあった」とイノッチを持ち上げる書きぶりです。
同じくデイリースポーツやスポーツ報知の記事も、ルールを守らない記者をイノッチが見るに見かねてたしなめたといったトーンで報道。オリコンニュースに至っては、この場面の動画に〈井ノ原快彦、怒号飛び交う場をしずめる神対応〉というタイトルを付けていました。
そして極めつけは、「ジャニーズ取材歴43年」と言われる芸能コラムニスト山本美保子氏がデイリーに寄せた〈またしても株を上げた井ノ原快彦〉と題するコラムです。
彼女は会見でのイノッチの言動を振り返りながら「平和的なスマイルを浮かべ、場を和ませることに尽力していた」「彼が副社長なら安心だ」と大絶賛。あまりの肩入れぶりに読んでいて頭がクラクラしてきました。
一方、これとは対照的に日刊ゲンダイデジタル、プレジデントオンラインといったメディアは、イノッチ演説に疑問を投げかける記事を配信。元アナウンサーの小島慶子氏もラジオ番組で「この会見の本質をわかってないんじゃないか」と苦言を呈するなど、メディア・ジャーナリストの間で見事に評価が分かれる形となりました。
記者が「親衛隊」になってしまう怖さ
さて、ここから先は僕の憶測です。
こうして各メディアの論調を眺めてみると、あの会見でイノッチ演説に喝采を送った人々の中心は、マスコミ業界の中でも特にジャニーズ事務所と距離が近い芸能村の人々――――スポーツ紙などの芸能記者や芸能レポーターたち――――なんじゃないかという気がしてきました。
考えてみれば、彼ら彼女らは長年、一般メディアの記者以上にジャニーズ事務所と持ちつ持たれつ関係を続けてきたわけで、ジャニーズ帝国がこのまま崩壊してしまったら大切な取材先を失ってしまう立場にいます。
想像するに、あの場面でも「ジャニーズの敵は我々の敵」という意識が先に立ち、イノッチ演説が意味するところを深く考えようともしないまま、拍手喝采という行動に走ってしまったのではないでしょうか。
そういう意味では、性加害問題を理由にジャニーズタレントのCM起用を取りやめた企業を「裏切り者」と敵視する一部のファンと同じような立ち位置なのかもしれません。
そういえば、あの会見の終盤、「私は30年来のジャニーズファン」と名乗る女性芸能ライターが司会者に指名されてマイクを握り、「私たちファンまでが加害者みたいに言われるのは心外だ」とマスコミ批判を繰り広げる一幕がありました。
もはや自分がどういう立場でこの場所にいるのか、取材者なのかファンなのか、自分でも訳がわからなくなってしまったかような様子に唖然としましたが、世の中にはこういう立ち位置の芸能ライターが結構いるのでしょう。
ジャーナリストが取材先との距離感を失って「親衛隊」のような存在になってしまうことの怖さ、哀れさ、滑稽さをまざまざと見せつけられたジャニーズ会見でした。
〈追記〉
この件をめぐってはその後の報道(こちらやこちら)で複数の芸能レポーターや元芸能記者が拍手に参加していたことが明らかになりました。その中には「軽率だった」と反省の弁を述べている方もいます。また、会見中に望月記者らに怒号を浴びせていた「謎の男」についてもその正体が取りざたされていましたが、その後、デイリー新潮が「正体は産経新聞記者」と報じました。
〈おすすめ記事〉