本当は連載【南の島30連泊日誌】の第4回をお送りすべきところだけど、元新聞記者としてどうしても無視できない不可解なニュースが飛び込んできたので、今回は急遽そちらを取りあげることにします。
そのニュースというのは、朝日新聞社が自民党裏金報道で2024年度の日本新聞協会賞に輝いた、という話です。
FIREや資産運用とは全く関係のない、僕の古巣の新聞業界ネタですが、興味のある方はぜひお付き合い下さい。
自民党裏金報道で受賞した朝日新聞
新聞協会賞というのは、国内の新聞社・通信社・テレビ局といった100以上の報道機関が加盟する日本新聞協会が、年に1回、優れた報道の担い手を表彰する賞です。
今回の選考結果を協会が発表したのは9月4日でした。
闇を暴いた本当の功労者は…
自民党派閥のパー券疑惑を最初に報じた「しんぶん赤旗」
当時、朝日をはじめとする大手メディアは、赤旗スクープの後追い報道さえすることなく、この疑惑を黙殺しました。しかし、このスクープが長い長い「潜伏期間」を経て東京地検特捜部を動かし、政権を震撼させる事態に発展したわけです。
それにしても、大手メディアに陣容で劣る赤旗の取材班が、どのようにして巨大与党の闇を暴いたのでしょうか?
公開情報を徹底分析した赤旗の調査報道
取材班を率いた赤旗の日曜版編集長がAbemaTVのインタビューで語ったところによると、赤旗の記者は自民党派閥(清和政策研究会=安倍派など)の政治資金収支報告書と、派閥のパー券を買っている政治団体の収支報告書を突き合わせ、記載の食い違いを丹念に拾いあげっていくことによって、各派閥の組織的な不正を炙り出したそうです。
こういうと一見簡単そうですが、これをやるには「自民党派閥のパー券を買っている政治団体」を自力で見つけ出す必要があります。普通なら、自民党派閥の収支報告書を見れば、大口(20万円超)のパー券購入者が誰なのかはすぐわかるのですが、このケースではそもそも自民党派閥が購入者を隠しているわけだから、ゼロから自分で探さないといけません。
じゃあ、どうやって探したのでしょうか。
これは僕の想像ですが、赤旗の記者は「いかにも自民党に現金をプレゼントしそうな政治団体」――――例えば、各地の医師会・税理士会・建設業協会といった業界団体が政治家へ合法的に献金するために作っている政治団体――――を片っ端からリストアップし、そういう団体が総務省や各都道府県の選挙管理委員会に提出している収支報告書を閲覧していったのではないかと思います。
そして、支出欄に20万円を超える自民党派閥のパー券購入代が計上されているのを見つけるたびに、今度はその派閥の収支報告書をめくり、該当するパー券収入がきちんと記されているかどうかをチェックする。こういう気の遠くなるような作業を積み重ねることで、不正を突き止めていったのでしょう。
まさに「公開情報を分析して隠された事実を浮かび上がらせる」という、調査報道のお手本のような仕事です。
この赤旗スクープを受け、政治資金問題の専門家である神戸学院大の上脇博之教授がさらに綿密に収支報告書を分析し、2023年11月に東京地検に刑事告発。ついに捜査機関が動くことになったわけです。
疑惑を黙殺していた大手メディア
それにしても残念なのは、全国紙やテレビ局など大手メディアの反応です。
さきほども述べたように、当初は赤旗のスクープを完全スルー。1年間にわたってこの疑惑を黙殺しました。
恐らく、この話がここまで大事に発展するとは予想していなかったのでしょう。さらに言えば、疑惑追及に動いて巨大与党とコトを構える勇気がなかったのでしょう。
ところが、東京地検が捜査に乗り出した途端、彼らは手のひらを返したように大騒ぎし始めます。このあたりの不名誉な経緯はネットメディアのリテラが詳しく報じていますので、興味ある方はご覧下さい。
やはり、日本の大手メディアには「捜査当局が動かないと報じない」という悪しき体質が今も根強く残っているんだな……そんなことを改めて痛感させられた出来事でした。
つまり、この問題で「権力監視の役割を果たした」と称賛されるべきなのは、赤旗であり、上脇教授なのです。どう贔屓目に見ても大手メディアではありません。
ところが、です。
その大手メディアの一員である朝日新聞社が、こともあろうに自民党裏金報道で新聞協会賞を受賞したというんだから、僕は椅子からひっくり返りそうになるくらい驚きました。
確かに朝日は、特捜部の捜査が本格化した昨年12月以降、この問題を熱心に報じていました。でも、それは基本的に検察捜査に乗っかった「早打ち競争」に過ぎません。
検察幹部からいち早く捜査情報を聞き出し、自民党関係者の証言を加味して逐次速報するという点では同業他社をリードしていたと思いますが、この問題をゼロから発掘した赤旗の調査報道と比べると、果たした役割の重みが根本的に違います。
まともな新聞記者であれば、誰一人この事実を否定しないでしょう。
にもかかわらず、まるでこれが自社スクープであるかのような顔をして今年度の協会賞に応募した朝日新聞社。
こうした構図を百も承知で朝日に賞を贈った日本新聞協会。
いくら赤旗が協会非加盟の政党機関紙だからといって、これはさすがに酷すぎます。
ちなみに、新聞協会の現在の会長は朝日新聞社の中村史郎会長(前社長)です。ネット上に「内輪の褒め合い」「手柄の横取り」「恥ずかしい連中だな」といった声が飛び交ったのも無理はありません。
この新聞協会賞、過去にもいろいろ問題が指摘されてきた賞ですが、これまでの受賞作を見ると、毎日新聞の旧石器発掘捏造スクープ(2001年度)とか、朝日新聞の大阪地検特捜部証拠改竄スクープ(2010年度)とか、同じく朝日の財務省公文書改竄スクープ(2018年度)とか、心の底から拍手を送りたくなるような見事な報道もたくさんあります。
こうした歴代の受賞作に、今回の裏金報道が朝日新聞の功績として名を連ねることになるのかと思うと、いたたまれない気分です。
読者を失望させないために
私事で恐縮ですが、僕はFIREする前、とある新聞社で長年記者をしていました。
調査報道で闇を暴くどころか、早打ち競争でも他社にボコボコにされるような典型的なダメ記者でした。なので本来、こんな偉そうなことを書ける立場ではありません。
でも、だからこそ一連の裏金報道を見守りながら、「大手メディアの記者たちは悔しい思いをしているだろうな。一政党機関紙にここまで完敗し、ジャーナリズムの役割を奪われてしまって。この悔しさをバネに、この次は権力の腐敗をえぐり出すようなスクープを狙ってほしいな」と思っていました。
でも、それはとんだ見当違いだったようです。
今の大手メディアは、少なくとも今の朝日新聞社の幹部は、悔しいというより、とにかくこの話を自社の「手柄」にして世間にアピールしたいとしか考えてないらしい。
で、そういう態度が心ある読者をどれほどガッカリさせるか想像できないらしい。
これは100%僕の推測ですが、裏金報道に携わった朝日の記者の中には「自分たちは精一杯頑張ったけど、この件で表彰されるべきは我々じゃない」と考えている真っ当な人も結構いるんじゃないかと思います。
例えば、取材班の代表者として名前が表に出ている朝日新聞東京本社社会部の板橋洋佳さんあたりは、そういうマインドの持ち主なんじゃないかと勝手に想像しています。
(※この人は先ほど挙げた大阪地検特捜部証拠改竄スクープを手掛け、文字通りペンの力で権力の闇を暴いた伝説的な記者です。詳細を知りたい方は「証拠改竄」という本を一読することをお勧めします。)
でも、とにかく新聞の部数減に歯止めをかけるような宣伝材料がほしい社の上層部にせっつかれ、複雑な思いでこの賞にエントリーしたんじゃないでしょうか。
……まあ、すべては僕の想像です。
賢明なる朝日新聞社のみなさん、差し出がましいことを言うようですが、自画自賛している場合じゃないですよ。
ただでさえ少なくなった新聞ファンをつなぎとめるためにも、記者たちのプライドを守るためにも、今からでも新聞協会賞の返上を真剣に検討した方がいいと思います。