少し間が空いてしまいましたが、南の島レポートの第4弾をお送りします。今回は、旅の最後に遭遇した台風10号の話です。
直撃に備え自炊宿を要塞化
「天気予報見た? 過去最強クラスの台風がこの辺りを直撃するらしいよ」
「こりゃ当分、海で泳ぐのは無理だろうね」
「それよりこの建物、海の真ん前だけど大丈夫かな?」
僕が滞在していた自炊宿の仲間内で、こんな会話が交わされるようになったのは、8月25~26日ごろのことでした。
ご存じの通り、僕のいた島は九州の南の海上にあります。毎年のように台風が猛威を振るっている地域ですが、これからやってくる台風10号は過去最強クラスの大物らしい。そこで宿のオーナーであるおじさんの指揮の下、みんなで建物の防備を固めることになりました。
こう書くと、読者のみなさんの中には「え、なんで宿泊客がそんな作業をやるの? それって施設側の仕事でしょ」と首を傾げる方がいるかもしれません。ですが、この自炊宿はちょっと事情が違います。
長期滞在者限定のこの宿では、宿泊者たちが協力して雑務を回していくのが基本ルール。個室の掃除やシーツの洗濯がセルフサービスになっているのはもちろん、共用キッチン、風呂、トイレ、廊下の掃除、ゴミ出しなんかは当番制になっています。
なので、お客様気分でリゾート生活を楽しみたいという方には不向きな宿ですが、そのぶん人件費が抑えられているから「1カ月滞在しても6万円台」という驚きの低コストで島暮らしを味わえるわけです。
というわけで、台風対策もオーナーさんと僕たち宿泊者数人の共同作業。
具体的には、各部屋のガラス戸の外側を鉄製の雨戸で覆い、その雨戸が暴風で吹き飛ばされないように、押さえの木材を閂(かんぬき)にはめていきます。物干し竿みたいな不安定なものは全て撤去します。
一連の作業が完了すると、宿の外観はこんな感じに。
天候の穏やかな瀬戸内地方で生まれ育った僕などは、「まるで要塞だな。これならどんな嵐が来てもビクともしないだろう」と感心していました。思えば、このときはまだ、南国の台風の恐ろしさを知らなかったわけです。
雨漏り&停電のWパンチ
8月28日、予報通り、島が台風10号に直撃されました。
朝のうちは「ああ、強い台風だな」と普通に感心する程度だったのですが、風雨はどんどん激しさを増し、昼前には見たこともないような大嵐に。
宿の前の海は、防波堤で囲われた港の最奥に位置しているにも関わらず、轟々と荒れ狂っています。
ふと気づくと、僕の部屋の畳や布団がびっしょり濡れているではありませんか!
窓を雨戸で覆っているのに、なぜ?
不思議に思って室内を察すると、なんと天井と壁の境目で雨漏りが発生していました。慌ててフライパンや洗面器で雨漏り対策を施しますが、そうしているうちに今度は停電が発生。窓を雨戸で覆っている宿の中は暗闇になってしまいました。
弱り目にたたり目とはこのことです。
こうなると、僕らにできることは、夜に備えて懐中電灯やロウソクを用意したり、断水に備えて浴槽に水を張ったりすることくらい。
「この嵐じゃ、電気の復旧は明日以降だろうな」「冷蔵庫の食材は全滅かな」などと話しながら、事態を見守るしかありません。
とはいえ、この宿に滞在している面々は、基本的に楽天家ばかり。ノートパソコンのバッテリーを使って音楽を流し、廊下でビリーズブートキャンプみたいなトレーニングに勤しんでいる人もいます。僕も誘われるまま、外の光が入る玄関付近で仲間たちとトランプをして過ごすことにしました。
とりあえず、電気なしで楽めることを楽しもう。これって、今回のサバイバル旅行を締めくくるのにぴったりのシチュエーションじゃないか。
ノー天気な仲間たちに感化され、僕もそんな気分になってきました。
ちなみに、このとき、僕はSNSにこんな投稿をしています。
暗闇の晩餐会
電気が復旧しないまま迎えた8月28日の夜。
僕たちは真っ暗闇になった共用キッチンに集まり、ロウソクを灯して夕食を用意しました。
「早く消費しないと冷蔵庫の食材がダメになってしまう」とばかりに、宿にあったカセットコンロで次々と肉を焼き、ヨーグルトとか納豆とかいった要冷蔵の食品を片っ端から平らげていきます。
結果的に、いつもより豪華になった晩餐会。「誰かの誕生日パーティーみたいだな」という声まであがりました。
もちろん、楽しいことばかりではありません。
外は相変わらずの暴風雨。宿の建物がガタガタ振動するような激しさです。
晩餐会が宴たけなわになったころ、共用キッチンのガラス戸を覆う雨戸が強風に耐えきれず、バリバリバリと音を立てながら引き剝がされてしまいました。しかも、キッチンの外にある海に面したデッキの屋根が崩れ落ちている!
幸い、内側のガラス戸自体は無事でしたが、雨戸が剥がれた以上、ガラスの近くにいると危険です。僕たちは仕方なく晩餐会をお開きにして、雨戸が健在なそれぞれの部屋で夜を明かすことにしました。
自室に戻った僕は「ぴちゃーん、ぱしゃーん」という雨漏りの音を聞きながら、手探りで濡れていない畳を探して身を横たえ、なんとか眠りにつきました。
まあ、良くも悪くも忘れがたい一夜になったと思います。
30連泊の予定が32連泊に
翌29日の朝。暴風のピークは去り、ようやく電気も復旧しました。しかし、まだまだ平穏とは言えない天候が続きます。
本来ならこの日、僕は宿をチェックアウトして島を去る予定でしたが、公共交通機関はすべて欠航。どうしようもないので自炊宿の滞在期間を延長してもらい、ついでに台風の後片付けを手伝うことにしました。
宿の被害は予想以上でした。
屋根のトタンが一部剥がれ、僕の部屋以外でもあちこちで雨漏りが発生。とてもDIYで修復できるような状態ではありません。業者に修理を発注することになったのですが、結構な費用がかかりそうです。
オーナーのおじさんは「まあ、仕方ないな」と笑っていましたが、このさき営業休止に追い込まれることがないのか心配です。
とはいえ、僕にできることは宿の健闘を祈ることくらい。
結局、当初の予定より2日遅れとなった8月31日、僕は宿泊仲間たちに別れを告げて島を去り、1カ月ぶりに本州の自宅に戻りました。
結果的に32連泊となった今回の南の島自給自足ツアー。
振り返れば、連日の魚突き、GoProを使った水中撮影、YouTubeデビュー、日向灘地震に伴う津波注意報と高台避難、台風10号……と盛りだくさんの1カ月でした。
正直、都会に残してきた家族のことを思い出す暇もほとんどないくらい、毎日毎日、目の前のことにのめり込んでいました。
思えば、僕にとってはこれが早期退職して5度目の夏。そして40代最後の夏。この記念すべき一夏を、これほど夢中になって過ごせたことに心から感謝したいと思います。
さて、これで今回の旅について全て語り尽くしたような気分ですが、ひとつ大事な話を忘れていました。
それは、この旅行のそもそもの目的です。
僕が今回の自給自足ツアーを計画したのは、「今後の人生設計における移住問題に答えを出したい」という思いからでした。
詳しくは出発前に書いた記事〈南の島に30連泊して人生設計考えてきます〉を読んでほしいのですが、簡単に言えばこういうことです。
僕は子育てが一通り終わったら、綺麗な海のそばに移住して魚突きや釣りを楽しみながら余生を送りたいという夢を前々から持っている。
でも、僕の妻は都会暮らしを強硬に希望しているから、僕が海辺暮らしの夢を叶えようと思えば別居が前提となる。
それでも僕は海辺移住を実行すべきか?
50代半ばになって新しい土地で1人楽しくやっていけるか?
そもそも1年中、魚突きと釣りばかりやっていて飽きないのか?
僕は本当にそこまで海が好きなのか?
こうした疑問に答えを出すために、お試しで1カ月間、海辺暮らしを体験してみる――――というのが今回のプチ自給自足ツアーのコンセプトだったのです。
では、その旅行を終えた今、僕の心はどういう結論を出したのか。
次回はそのことについて書いてみたいと思います。
(つづく)