未解決事件の謎に迫る!「赤報隊に会った男」出版

2026/01/24

読書

このたび、人生2冊目のkindle本を出版しました。

タイトルは「赤報隊に会った男~鈴木邦男と116号事件の謎」。

戦後史のミステリーに数えられる「警察庁広域重要指定116号事件」、いわゆる赤報隊事件にまつわる謎を考察したノンフィクションです。

僕が新聞記者をしていたころの体験談も出てきます。



このブログの読者の方々には申し訳ないのですが、前作「八つ墓村埋蔵金伝説~横溝正史最高傑作の謎を追う」と同じく、資産運用とかFIREとかとは全く関係のない話です。

なので、みなさんの興味の対象外かもしれませんが、「少しくらいは未解決事件に関心をお持ちの方もいるのでは」という淡い期待を込めて、今回はこの本の紹介をさせていただきます。





戦後最大の未解決事件と言えば

ところでみなさん、戦後最大の未解決事件って何だと思いますか?

こう問われて昭和生まれの日本人の多くが頭に思い浮かべるのは、1984~1985年に発生したグリコ・森永事件(警察庁広域重要指定114号事件)ではないでしょうか。

兵庫県西宮市で発生した江崎グリコ社長の誘拐事件を皮切りに、「かい人21面相」と名乗る謎のグループが、丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋といった食品会社を次々と脅迫。その過程で青酸ソーダ入りのお菓子を店頭にバラまくなど、日本中にパニックを引き起こした事件です。

特に印象に残るのが、犯人たちがマスコミに送り付けた「挑戦状」の文言。「けいさつのあほどもえ」「もっとべんきょうせいや」などという関西弁特有の言い回しで警察を挑発し、劇場型犯罪と呼ばれました。

この事件を題材にしたノンフィクション作品は数知れず、この事件をモデルに大胆な推理を展開した小説や映画まで作られています。

もちろん、このグリ森事件のほかにも、銀行窓口に現れた男が手品のようなトリックで12人もの人々を毒殺した帝銀事件(1948年)、GHQ統治下の日本で国鉄総裁が謎の死を遂げた下山事件(1949年)、日本警察のトップがテロの標的となった国松孝次警察庁長官狙撃事件(1995年)などなど、世間を震撼させた未解決事件は枚挙にいとまがありません。

ただ、数ある未解決事件の中でも特に闇が深く、日本社会により深い傷跡を残した事件をあえて一つ挙げるとすれば、僕は1987~1990年に発生した赤報隊事件を選ぶでしょう。


報道機関や政治家を狙った連続テロ

グリ森と同じく兵庫県西宮市を起点とし、1980年代の日本を騒がせたこの事件。

その内容を一言でいうと、「赤報隊」と名乗る正体不明のグループが朝日新聞社を「反日分子」だと一方的に決めつけ、同社の阪神支局(西宮市)で働いていた若手記者を散弾銃で射殺し、名古屋の社員寮に銃弾を撃ち込み、静岡支局に時限爆弾をしかけるという前代未聞の言論テロ事件でした。

しかも犯人はそれにとどまらず、自民党の現職総理や元総理に脅迫状を送りつけ、暗殺をちらつかせながら靖国神社への参拝を要求。

さらには株式会社リクルートや国内の韓国人会館にまで「反日」というレッテルを貼り、銃撃や放火の標的にしたのです。

そしてこの事件もまた、(グリ森とはずいぶん毛色が違いますが)一種の劇場型犯罪でした。

犯行のたびに報道機関や政治家に送りつけられた声明文や脅迫状には、

「われわれは日本国内外にうごめく反日分子を処刑するために結成された実行部隊である」

「これまで反日世論を育成してきたマスコミには厳罰を加えなければならない」

「すべての朝日社員に死刑を言いわたす」

「朝日は言論の自由をまもれというが そんなものは初めからない」

「貴殿は総理であったとき靖国参拝や教科書問題で日本民族を裏切った」

「英霊はみんな貴殿をのろっている」

「わが隊は処刑するまで追いつづける。貴殿が病気で死ねば むすこをねらう」

「貴殿が八月に靖国参拝をしなかったら わが隊の処刑リストに名前をのせる」

……といったおどろおどろしい言葉が躍り、言論の自由や戦後の民主主義を当たり前のように享受していた多くの日本人を戦慄させました。

いま振り返れば、インターネットの普及とともに2000年代以降、社会を席巻するようになったネット右翼(いわゆるネトウヨ)の思考や攻撃性を先取りしたかのような主義主張を展開していたことがよくわかります。

驚くことに、赤報隊はこれほど多くの犯行を繰り返しながら、ことごとく警察捜査の網をすり抜け、一連の事件は2003年までにすべて時効を迎えてしまいました。

彼らが一体何者だったのか、いまだにわかっていません。


事件にまつわる奇妙な噂

さて、僕は1990年代の終わりから20年余りマスコミ業界に身を置いていたのですが、その間、この事件にまつわる様々な噂を耳にする機会がありました。

「赤報隊の正体ってどうも元自衛隊員らしいよ」

「いや、暴力団関係者らしい」

「いやいや、ある宗教団体が絡んでるらしい」

「実は、ある銀行の不正融資事件を取材していた朝日の記者が、あまりにもヤバい情報をつかんだせいで消されてしまったんだという話があるよ」

……

まあ、未解決事件というものはいつの時代も真偽不明の怪情報が飛び交うものです。

もちろん、報道機関を標的にしたこの事件の真相には僕自身おおいに関心を持っていたので、マスコミ業界の先輩たちが語るこの手の噂にはいつも耳をそばだてていたし、雑誌やネットで活字になったものがあれば目を皿のようにして読んでいました。

当然のことながら、その中には「なるほど、それはあるかもな…」と思うような話もあれば、明らかにガセネタだと思われる荒唐無稽な話もあります。

そして、こうした多種多様な噂の中に、ひときわ僕の関心をひきつける話がありました。

曰く、テレビや雑誌で活躍しているある著名人が赤報隊の正体を知っているらしい……

こう書くと、いかにも胡散臭い都市伝説といった感じですが、意外なことにこの話にはそれなりの根拠がありました。

まず一つは、この著名人というのが右翼活動家出身の文筆家であり、右翼の世界に幅広い人脈を持っているということ。

二つ目は、警察当局が事件発生直後からこの人物をマークし、事件との関わりを探っていた形跡があるということ。

そして三つ目は、なんとこの人自身がかつて「私は赤報隊に会ったことがある」という趣旨の文章を雑誌に書いたことがあるという事実でした。

ここまで言えばわかる方はわかると思いますが、そう、この著名人というのは、「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日)などで活躍していた元一水会代表の鈴木邦男さん(2023年死去)のことです。

鈴木邦男さんの著書「愛国者の座標軸」


この話にいたく興味をひかれた僕は、暇を見つけては図書館などへ足を運び、彼が赤報隊について言及した過去の雑誌記事や著書を探し出しては読み漁るようになりました。

もちろん周囲には「あんなのは作り話。世間の注目を集めるためにやったんだよ」と冷ややかに見ている先輩記者もいました。実際、そう思えるフシもありました。

しかし、彼の膨大な著作に目を通してゆくうちに「どうも単なる売名行為だと片付ける気にはなれない」という思いが湧きあがってきたのも事実。

いつしか僕は「彼に直接会って、ことの真偽を確かめてみたい」と密かにチャンスをうかがうようになっていました。

そして、事件発生から30年後の2017年、ようやくそのチャンスがめぐってきました。僕は当時73歳だった鈴木氏にインタビューする機会を得たのです。

……というわけで、そのインタビューの顛末と後日談、それをもとにした考察をまとめたのが今回出版した本になります。以下はAmazonサイトに掲載している本書の紹介文です。


私は赤報隊に会ったことがある———
2023年に世を去った新右翼団体「一水会」元代表の鈴木邦男は生前、ある未解決事件にまつわる真偽不明の体験談をつづっていた。
昭和の終わりから平成の初めにかけて、赤報隊と名乗る謎のテロリストが散弾銃で朝日新聞記者を射殺し、新聞社の局舎に時限爆弾を仕掛け、時の総理を脅迫して靖国神社参拝を迫った警察庁広域重要指定116号事件。
今も特定されていない真犯人と、右翼活動家出身の論客としてテレビや雑誌で活躍していた鈴木との間には、本当に接点があったのか。
鈴木の死の6年前、インタビューでその点を問い質した新聞記者に、彼は何を語ったのか。
遺された言葉をもとに、鈴木邦男が墓場まで持って行った秘密を考察するノンフィクション。


ご興味ある方はぜひご一読下さい。

そして本書へのご意見ご感想などありましたら、ぜひAmazonサイトにレビューをお寄せ下さい。

お待ちしています。





自分の写真
コロナ禍のなか、45歳で新聞社を早期退職し、念願のアーリーリタイア生活へ。前半生で貯めたお金の運用益で生活費をまかないながら、子育てと読書と節約の日々を送っています。ただいま50歳。

過去記事(時系列)

このブログを検索

ブログランキング・にほんブログ村へ

ご意見ご感想 お待ちしています

名前

メール *

メッセージ *

QooQ