メディアの存在価値を示した神戸新聞の過去記事

2023/09/15

新聞業界

最初に断っておくと、今回は早期リタイアとは全く関係ない話です。かつて僕が身を置いていた新聞業界に関する少々マニアックな話題なので、興味がある方だけ読んでいただければと思います。

新聞社やテレビ局などの報道機関が「マスゴミ」と揶揄されるようになって久しい昨今ですが、つい先日、ジャーナリズムの存在価値を再認識させてくれるような1本の古い新聞記事に出会いました。

それがとても印象深い出来事だったので、今回はその話を紹介させてもらいます。


閣僚人事をめぐって飛び交った「ある情報」

僕がその記事と出会うきっかけになったのは、岸田首相がこのほど実施した内閣改造です。

文部科学大臣のポストに自民党衆院議員の盛山正仁氏(岸田派、兵庫1区選出)が内定したと報じられた9月12日、SNS上に「ある情報」が飛び交いました。




例えばこんな感じ。

灘中学が採用した歴史教科書について、なぜ採用したのかと校長に「政府筋からの問い合わせ」として電話をかけた方ですね。当時の校長が政治的圧力であるとして手記を残していますね。〉(実際の書き込みはこちら

SNS上には、その灘中校長(当時)が7年前に書いたとされる手記の画像が出回り、その背景を詳細に解説したネットメディア「LITERA」の記事(2017年8月3日付)も紹介されていました。

名門・灘中を襲った右派の圧力

要約するとこんな内容です。

全国有数の名門進学校として知られる兵庫県神戸市の灘中学校が2015年、「学び舎」という出版社の歴史教科書を授業で使うことを決めた。暗記中心教育からの脱却を志向するこの教科書は、論争になるような歴史問題を積極的に取り上げ、慰安婦や河野談話にも言及していたが、これが右派陣営の逆鱗に触れたらしく、同校は様々な圧力を受けることになった。

まず、2015年末にある会合で自民党県議が校長に「なぜあの教科書を採択したのか」と詰問。翌2016年の初めには、同校OBの自民党衆院議員が校長に電話を入れ、「政府筋からの問い合わせなのだが」と前置きして同様の質問を投げかけてきたという。

さらにその後、同校には「反日極左の教科書」「即刻採用を中止せよ」などと記された大量の抗議はがきが届くようになった。

こうした圧力の実態は、校長がこの年、旧知の大学教授が中心になって発行する論文集に手記を寄稿したことがきっかけで関係者に知られることとなった−−−−。

う~ん、読んでいて心が重苦しくなるような嫌な話です。

2015年と言えば、日本会議などの右派団体と関係が深かった安倍政権の真っただ中。ネトウヨや歴史修正主義者たちが最も勢いづいていた時期であり、さもありなんという印象を受けました。

もし本当に盛山氏が灘中にこんな電話をかけていたのなら、「教育への政治的圧力」と受けとられるのは当たり前。多くの方がSNSで指摘している通り、文部科学大臣の資質に疑問符がつくと言わざるを得ないでしょう。

ただし。

校長の手記やLITERAの記事には、電話をかけた政治家の実名は記されていませんでした。

恐らく校長は当時、教育現場へ向けられた理不尽な圧力の存在を知ってもらおうと手記を書いただけであって、同校の卒業生でもあるこの政治家を指弾する意図はなかった。だから政治家の名前を伏せたのでしょう。

しかし、その電話の主かもしれない人物が文部科学大臣に就任するというのであれば、コトの重大性は違ってきます。

実際のところ、この政治家は本当に盛山氏なのか? 僕はそれを知りたくなってネットでいろいろ検索してみました。


圧力政治家を特定した神戸新聞記者の功績

果たして、答えはすぐに見つかりました。

結論から言えば、「電話の主=盛山氏」という言説は事実だったのです。

決め手となったのは、前述のLITERA記事が公開された翌日の2017年8月4日、兵庫県の地元紙・神戸新聞が報じた〈灘中に「教科書なぜ採択」 盛山衆院議員ら問い合わせ〉という記事です。

残念ながらこの記事、神戸新聞社の公式ニュースサイトからはすでに消えていますが、ネットメディアや個人ブログに引用されたものがネット空間に多数残っていました。また、ウィキペディアでもこの圧力事件の記述の出典として、神戸新聞の記事がアーカイブされていました。上記リンクはそのアーカイブです。

では、記事の中身を見てみましょう。

盛山氏は神戸新聞記者の取材に「灘中の教科書について、OBとして周囲から疑問の声を聞いたので、校長に伝えただけだ」と話し、電話の主が自分であることを事実上認めています。ただ、「『政府筋からの問い合わせ』と言った覚えはない」とも主張したそうです。

これでハッキリしました。

盛山氏が電話口で実際にどんな言葉を発したのかのかは当事者同士の主張が必ずしも一致していないので確たることは言えませんが、彼が「与党政治家からの問い合わせ」という具体的行動によって学校側にプレッシャーを与えた事実は疑いようがありません。

もしもこの校長が世間によくいる忖度体質の人間だったら、政権与党から目をつけられることを恐れて、次回の教科書採択で他社の教科書に乗り換えようとしたことでしょう。




では、この神戸新聞のスクープはいかにして生み出されたのでしょうか? ここからは僕の想像です。

恐らく8月3日に公開されたLITERAの記事を見て、「ここは地元新聞社として、この政治家が誰なのかを突き止めなきゃいけない」と奮起した人物が神戸新聞の編集局にいたのでしょう。それは現場の記者かもしれないし、キャップ、デスク、社会部長といった立場の者だったのかもしれません。

ただ、この時点で、政治家の圧力電話からすでに1年以上の月日が流れています。人によっては「いまさら蒸し返さなくても…」と考えるかもしれません。でも、彼らはこの件をスルーしなかった。多分、「教育への政治介入を見過ごしてはいけない」という問題意識があったのだと思います。

灘中出身の自民党衆院議員ということまではわかっているから、候補は絞られています。あるいは、灘中関係者に取材してその政治家が誰なのかを直接聞きだしたのかもしれません。

いずれにせよ、神戸新聞の記者はかなりの確信を持って盛山氏に「直当たり」(じかあたり=直撃取材)し、「確かに私が灘中校長に電話した」と認めさせたのだろうと思われます。


時を超えて光を放つ記事

ここで僕が強調したいのは、新聞記事がその価値を発揮するのは報じられた瞬間だけではないということです。

実際、この神戸新聞の過去記事は報道から6年以上たってから、僕にファクトチェックの判断材料を提供してくれました。

僕だけではありません。今回の内閣改造人事が発表された後、SNSで盛山氏の圧力電話の件を発信した人々の多くが、ネット空間に残っていたこの過去記事を参照していたことでしょう。

つまり、今から6年前に神戸新聞が「灘中に電話をかけた政治家を特定する」という厄介な作業を済ませておいてくれたお陰で、僕たちは今、新閣僚の問題点をいち早く見抜き、指摘することができるわけです。

もちろん、この記事で盛山氏の過去の言動を知って、逆に彼を支持する人々もいるでしょう。それはそれで構わないと思います。世の中に様々な考えの人がいるのは当たり前。大切なのは、各人が正確な情報に基づいて判断できる環境です。

大げさな言い方をすれば、これこそがジャーナリズムの存在価値。

マスゴミ、マスゴミという罵詈雑言が頻繁に耳に入ってくる毎日の中で、久しぶりに「がんばれ新聞! まだまだ社会にはお前たちが必要だぞ!」と思えた出来事でした。

(※ただし、世の中の新聞記事がすべて信頼に足るものだとは限らないので、その点は注意が必要です。とても悲しいことですが、新聞社の公式サイトにフェイクニュースが何年間も掲載されたようなケースも現実にあります。詳しくはこちらの記事をご覧ください。)


盛山氏って実際どんな政治家なの?

最後に1つ補足しておきます。

この記事をここまで読んでくれた読者の中には、盛山氏に対して「高圧的な極右政治家」という印象を抱いた方もいるでしょう。確かに、彼が7年前にやったことを考えればその可能性は否定できません。

ただ、今回の記事を書くにあたって旧知の新聞記者に盛山氏の評判を尋ねたところ、「わりと温厚で理性的な人物だよ。自民党の政治家によくいるゴリゴリの右翼とは随分イメージが違うね」という答えが返ってきました。

確かに、ネットでざっと調べた限り、この件以外で盛山氏が過去に教育現場に圧力をかけたとか、歴史修正主義的な発言(「関東大震災時の朝鮮人虐殺を示す資料はない」「太平洋戦争は侵略戦争ではない」etc)で物議を醸したとかいった報道は見当たりません。(旧統一教会との接点を問題視する声はありますが…)

ひょっとしたら盛山氏は、灘中の教科書採択を本心から「けしからん」と思ったのではなく、安倍政権下で勢いを増す右派支持層にいい顔したい一心で校長に物申すポーズを取っただけなのかもしれません。前出の新聞記者も「あの人は選挙地盤が弱くて兵庫1区で勝ったり負けたりしているからね…」と心中を推し量っていました。

もちろん、仮にそうだとしても、それが圧力電話の免罪符にならないことは言うまでもありません。盛山氏が今後、文部科学大臣としてどのように振舞うのか、その言動を注意深く見守ってゆこうと思っています。

(補足:盛山氏は9月14日の大臣就任会見でこの件を問われ、「圧力をかけることを意図したつもりは一切ありません」と弁明しました。)

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コロナ禍のなか、45歳で新聞社を早期退職し、念願のアーリーリタイア生活へ。前半生で貯めたお金の運用益で生活費をまかないながら、子育てと読書と節約の日々を送っています。

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