2023年もあとわずか。
昨年のこの時期は〈40代無職が選ぶ2022年の10大ニュース〉という企画をやりましたが、今年は少し趣向を変えて10大ニュースではなく5大スクープを選んでみることにしました。
取材現場を離れて久しい元新聞記者が、家でゴロゴロしながら「いや~、いい仕事してますね~」と感心した今年1年間の特ダネランキングです。
それでは第5位から順位を上げながら見ていきましょう。
5位 馳浩の「機密費でIOC委員に贈答品」発言
石川県知事の馳浩が調子に乗って口を滑らせた爆弾証言を報じた共同通信のスクープ。YouTubeで音声データも公開されています。取材力というより「忖度なし」の報道姿勢が光った一発でした。
馳発言の要点は、
・五輪招致に際して安倍晋三総理(当時)から「絶対に勝ち取れ」「カネはいくらでも出す」と指示された。
・100人余りいるIOC委員の1人1人について、選手時代の写真などを集めたアルバムを1冊20万円くらいかけて作成し、委員らに配った。
……というもの。
この発言は自治体関係者を集めたスポーツ振興に関するフォーラムで飛び出したということなので、恐らく「我々はこうやって五輪招致を勝ち取ったんだ。あんたらも見習え」という趣旨で武勇伝的に語ったのだろうと思われます。
でも、客観的に見たら「我々は正々堂々と五輪を勝ち取ったのではなく、裏で贈答品を渡して引っ張ってきました」と白状しているようなもの。「美しい国」を掲げる政権の下で美しくない行為があったことを満天下にさらした発言でした。
ここで僕が考えるのは、もしこの会合に取材に来ていたのが共同通信の記者ではなく、安倍政権と近しい関係にあった某新聞社や某TV局の記者だったとしたら、果たしてこの爆弾証言は表に出ていただろうかという疑問です。
音声データを聞くと、馳知事はこの証言の前に会場の人々に対して「外に言っちゃダメですよ、官房機密費使ってるから」「今からしゃべること、メモ取らないようにしてくださいね」と釘を刺しています。ひょっとしたら、これをもって記者が「これってオフレコ発言だよね」と拡大解釈し、爆弾発言が闇に葬られていた可能性があるのではないか――――と想像してしまいます。
そういう意味で、忖度せずに報じた共同通信の姿勢に敬意を表したいと思います。
4位 「研修わずか6時間」自民議員のパリ旅行
こちらは、自民党女性局の議員たちが「少子化対策の勉強」と称して3泊5日で訪れたパリ研修旅行のお粗末な実態を暴いたFLASHのスクープです。
この問題、もともとは松川るい参院議員が自らSNSに挙げたエッフェル塔ポーズ写真がきっかけで炎上。ネット民から「観光旅行じゃないか」と突っ込まれ、議員たちは「真面目な研修」(松川氏)、「無駄な外遊ではない」(今井絵理子氏)などと反論していました。
騒動が過熱する中、議員らを擁護する有名人も現れました。例えば堀江貴文氏は批判の声を「単なる嫉妬なんだよ」と切りすて、茂木健一郎氏は「底の浅い義憤とやらが通ってしまう世相の方がよほど問題」と論評。こういう発言が火に油を注ぎ、SNS上は大論争の様相を呈してきました。
そこに放たれたのが、このスクープ。
FLASHが独自入手した旅程表によると、3泊5日のうち研修にあてられたのはわずか6時間で、それ以外はセーヌ川のディナークルーズやシャンゼリゼ通りのショッピングなどが目白押し。どう見ても「真面目な研修」とは言い難い実態があらわになってしまったのです。
ちなみにFLASHは、松川氏がこの研修旅行に自分の娘を同伴していたこと、外務省の指示で現地の大使館員が松川氏の娘の世話をしていたことなども暴いています。これら一連のスクープによって松川氏らを擁護する声は下火になり、結局、彼女は女性局長ポスト辞任に追い込まれました。
これもタラレバの話ですが、FLASHの奮闘がなければ、松川氏らの「真面目な研修」という主張がまかり通り、批判の声は「単なる嫉妬」ということで片付けられていたかもしれません。そう考えると、世論に大きな影響を与えたスクープだったと思います。
3位 ジュリー藤島の代取続投は相続税対策
いろいろニュースの多かった今年1年ですが、ひときわ注目を集めた話題と言えばジャニーズ問題。そしてジャニーズ問題と言えば週刊文春。その文春が今年放ったジャニーズ報道の中で、一番印象に残ったのがこのスクープでした。
ジャニーズ事務所が9月に開いた1度目の記者会見で、ジュリー藤島氏は「社長は辞任するけど代表取締役(代取)は続ける」という不可解な方針を表明。その理由を問われると「私が代取でいた方が性被害者の救済をスムーズに進めることができる」という、なんだかよくわからない説明を繰り返しました。
しかし、彼女が代取の座にこだわった本当の理由はそんな綺麗ごとではなく、相続税対策という生々しい話だった――――ということを、このスクープが暴露しました。
意外だったのは、このスクープに対してネット上で「合法的な節税対策に文句をつける文春はおかしい」というメディアバッシング的な反応が結構見受けられたことです。でも、僕はあえてそういう声に反論したい。
確かに、現行制度をフル活用して節税に努めるのは国民の当然の権利です。しかし、こうした事情を一切伏せたまま、記者会見で「被害者救済のため」と強調していたジュリー氏の態度は偽善に満ちていました。
あの会見を見て「なぜ代取の座にそこまで執着するんだろう」と不思議に思った人は多かったはず。文春スクープはそんな疑問を見事に解き明かしてくれました。これも立派なメディアの役割です。
この報道の後、ジュリー氏が方針を変更し、事務所の経営から完全に手を引いたことから考えても、意義深いスクープだったと思います。
2位 ジャニーズ会見にNG記者リスト
「これまでのしがらみを考えたら、NHKがジャニーズ事務所に不利なニュースを積極的に報じることはないだろうな」という世間の思い込みをいい意味で裏切ってくれた驚きのスクープでした。
今年10月にジャニーズ事務所が開いた2度目の記者会見で、ジャニーズ側から会見運営を任されたPR会社が、厳しい質問をぶつけてきそうなジャーナリスト6人を事前にリストアップし、「こいつらに質問させちゃいけない」というNGリストを作成していたという話です。
思えば、このジャニーズ会見は問題だらけでした。
「制限時間2時間、質問は1社1問だけ、更問い禁止」といった傍若無人ルールを一方的に報道陣に押し付ける。「いくら手を挙げても質問させてもらえない」と憤る記者を、壇上のジャニーズ幹部タレントが「子供が見てるから落ち着いて」とたしなめる。すると、報道陣の中から拍手する者が現れる――――という目を疑うような展開。さらに会見直後には、ネット上にジャニーズタレントの言動を「神対応」などと持ち上げる報道さえ飛び交っていました。
(※詳しくはこちらの記事をご覧ください)
しかし、このNHKスクープが出たことで空気は一変。会見の問題点が広く世間に認識されることになりました。
そもそも論から言うと、このジャニーズ問題で日本の主要メディア(週刊文春は除く)は全くいいところがありませんでした。このNHKスクープにしても「これまでジャニーズベッタリだったTV局が何を今さら」という冷めた見方をする向きもあります。
しかし、だからこそ、せめてこれからはメディアの役割を果たしてもらわないといけません。そういう意味で、このNG記者リスト報道は「日本メディアが遅まきながら頑張った事例」として記憶に残しておきたいと思います。
1位 自民派閥がパー券収入を脱法的隠蔽
この年末、世間の注目を集めている自民党派閥のパー券裏金問題。この疑惑を独自調査で最初につかんだメディアは、共産党の機関紙「しんぶん赤旗」でした。
報じたのは昨年11月6日。なので、厳密に言うとこのスクープは2023年に放たれたものではありません。
しかし、このスクープが長い長い「潜伏期間」を経て東京地検特捜部を動かし、今まさに政権与党を震撼させていることを考えれば、これこそ「2023年最大の快挙」だと認定しないわけにはいきません。というわけで多少強引ですが、1位の栄冠はしんぶん赤旗の自民党パー券不正報道に輝きました。
自民党派閥のパー券不正疑惑を最初に報じた「しんぶん赤旗」
取材班を率いた赤旗の日曜版編集長がAbemaTVのインタビューで語ったところによると、赤旗の記者は自民党派閥の政治資金収支報告書と、派閥のパー券を買っている政治団体の収支報告書を突き合わせ、記載の不一致を丹念に拾いあげっていくことによって、各派閥の組織的な不正をあぶりだしたとのことです。
こういうと一見簡単そうですが、これをやるには「派閥のパー券を買っている政治団体」を自分で見つけ出す必要があります。普通なら、自民党派閥の収支報告書を見れば、大口(20万円超)のパー券購入者が誰なのかはすぐわかるのですが、このケースではそもそも自民党派閥が購入者を隠しているわけだから、ゼロから自分で探さないといけません。
じゃあ、どうやって探したのでしょうか。
これは僕の勝手な想像ですが、赤旗の記者は「いかにも自民党にお金をプレゼントしそうな政治団体」――――各地の医師会・税理士会・建設業協会といった業界団体が合法的な政界工作のために作っている政治団体etc――――をリストアップし、そういう団体が総務省や各都道府県選挙委員会に提出している収支報告書を片っ端から閲覧していったのではないかと思います。
そして、支出欄に20万円を超えるパー券代が計上されているのを見つけるたびに、今度は自民党派閥の収支報告書に対応する収入が記されているかどうかをチェックする。こういう膨大な作業を積み重ねることで、組織的な不正を突き止めたのでしょう。
まさに「公開情報を分析して隠された事実を浮かび上がらせる」という調査報道のお手本のような作業です。
このスクープを受け、神戸学院大の上脇博之教授がさらに綿密に収支報告書を分析し、今年11月に東京地検に刑事告発。ついに捜査機関が動くことになったわけです。
それにしても残念なのは、大手新聞社やテレビ局など主要メディアの反応です。今でこそ、検察の尻馬に乗る形でこの問題を大々的に報道していますが、当初は赤旗のスクープを完全スルー。1年間にわたってこの疑惑を放置してきました。このあたりの不名誉な経緯はネットメディアのリテラが詳しく報じています。
やはり、日本の主要メディアには「捜査当局が動かないと報じない」という悪しき体質が今も根強く残っているんだな……そんなことを改めて感じさせられました。
以上、〈40代無職が選ぶ2023年の5大スクープ〉でした。
お手柄メディアの顔ぶれを改めて振り返ると、共同通信・FLASH・週刊文春・NHK・しんぶん赤旗……と一般紙(政党機関紙や業界紙ではない一般の新聞社)は1社も入っていませんでした。一般紙出身のしがない元新聞記者としては、来年こそ、古巣から世間をうならせるようなスクープが飛び出すことを願っています。