ウツボ戦記 (上)~志摩半島編

2024/06/13

旅・アウトドア

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今回は僕のライバルの話をします。長い長い因縁の物語です。

彼は、僕が海へ行くたびに捕獲してやろうと狙っているターゲットなのですが、非常に手強く、猛々しく、油断するとこちらがケガを負わされてしまうような強敵です。

それがこちら。



そう、「海のギャング」の異名を持つウツボです。


わが人生の好敵手

大袈裟な言い方をすると、僕の人生はウツボとの因縁に彩られています。

ファーストコンタクトは忘れもしない2014年。僕がまだ新聞社に勤めていたころ、そしてまだギリギリ30代だったころの話です。

この年の夏、首尾よく1週間の長期休暇を取得した僕は、まだ幼かった子供たちを連れて、三重県の志摩半島へ意気揚々とキャンプに出かけました。

そこで楽しく遊んでいる最中にガブッとやられたのです。

今思えば、僕の不注意でした。

その日の夕方、僕は早めに海から上がり、夕飯の食材を確保するために石積みの突堤で釣りをしていました。



使っていたエサは小イワシだったので、指先はヌルヌルベタベタ。そのままにしておくと気持ち悪いので、僕は時々、石積みの隙間に腕を突っ込んで、海水で手を洗っていました。

すると突然、海水の中に入れた指先に激痛が走ったのです。それはまるで、いきなりニッパーで指を挟まれたかのような痛みでした。

「いだっ!」

思わず海水から手を引き抜いて、水の中を凝視しました。

すると、世にも恐ろしい面構えをした大ウツボが、水面越しにこちらをにらみつけているではありませんか!

〈なんだ、好物のイワシかと思ったら、人間の指かよ……〉

そう言わんばかりの目つきでした。

要するに、僕は獲物と間違えられて襲われたのです。図解にするとこんな感じ。

(※画像をクリックするとくっきり見えます)


僕の指からは血が流れていました。一方、ヤツは余裕しゃくしゃくといった態度で、その場から逃げようとする様子もありません。

ちなみに、僕から見えている相手の姿は、石積みの隙間にのぞく頭だけなのですが、そのサイズからして体長1mくらいあるんじゃないかと思うような大物です。

その貫禄に圧倒されながらも、僕は咄嗟にこう思いました。

これはチャンスだ。こいつを釣り上げてやろう――――

そのためにはまず、いま手元にある釣り竿の仕掛けを大物用の太い糸と大型の針に取り換えなければいけない。でも、取り換えている間にこのウツボがどこかへ泳ぎ去ってしまうかも知れない。

そこで僕は、ウツボをその場(石積みの隙間)に足止めするために、指から流れ出る血を口で吸い取り、ウツボの目の前の水面に吐きかけました。すると案の定、ウツボは血の匂いに魅了され、口をパクパクさせながらその場にとどまり続けています。

こうやって10秒おきくらいに血を吐きかけながら、僕は慌ただしく仕掛けの付け替え作業を進めました。その間に近くで遊んでいた子供たちも、異変に気づいて僕の周りに集まってきます。

「見ろ、そこの穴にめちゃくちゃ大きなウツボがいるぞ。お父さん、今そいつに噛まれたんや。これから捕まえるから見とけ」

「うわ~、すごい。でかいぞ!」

子供たちは石積みの隙間をのぞき込んで大騒ぎ。そうこうしているうちに、なんとか準備が整い、僕はウツボの眼前に針にかけたイワシを垂らしました。

さあ、噛みつけ!

予想通り、ヤツは何のためらいもなくイワシに襲いかかってきました。

が、喜んだのもつかの間、ウツボに噛みつかれたイワシは針から簡単に外れてしまいました。ヤツは旨そうにイワシを咀嚼して飲みこみます。

あちゃ~、針の通し方が甘かったか!

慌てて、新しいイワシを針にかけて再トライ。またしてもウツボはガブッと噛みついてくるのですが、やはりイワシだけ取られてしまいます。

「くそ、いま手元にヤスがあれば、こいつの脳天をぶっ刺してやるのに!」

残念なことに、僕が普段愛用している魚突き用のヤスは宿に置いてきていました。ここはなんとしても釣りあげるしかありません。

しかし、どういうわけか何度トライしてもウツボの顎に釣り針がうまくフックせず、エサだけ取られてしまいます。こういうことを5、6回繰り返したところで、ウツボは「もう満腹だぜ」と思ったのか、石積みの奥へ消えてしまいました。

逃げられた……

すっかり薄暗くなった夕空の下、僕は指の傷口をなめながら敗北感に打ちのめされていました。今考えても、あれだけエサに食いついてきたのに、なぜ1度もウツボの顎に針がフックしなかったのか不思議でなりません。

ちなみに、こちらの写真は、宿に戻り、止血が終わった後で撮影したウツボの噛み跡です。(※画像をクリックするとくっきり見えます)


噛まれた状態で慌てて手を引き抜いたもんだから、皮膚がビリッと裂けてしまったようです。もちろん、指の裏側にも傷がついていました。

(※余談ですが、この写真の奥に映っている当時5歳の娘は、高校生になった今でもこのウツボ事件をよく覚えていて、「お父さんが自分の血を海にたらしてウツボを誘っていたのを見てびっくりした」と話しています。)

試行錯誤の日々

さて、この日を境に、僕はウツボマニアになりました。

ネットや図鑑で調べれば調べるほど魅了される、恐ろしくも美しいビジュアル。磯の食物連鎖の頂点に君臨する強さ。そして何より、自分より体の大きな人間を恐れようともしない、そのふてぶてしさ。

思えば、僕が少年時代に慣れ親しんだ瀬戸内海には、こんな猛々しい魚はいませんでした。僕にとって魚といえば、人間が近づくと一目散に逃げる臆病な生き物。なのに、この僕をエサと間違えて襲ってくるヤツがいるなんて……

以来、僕の人生の目標リストに「いつか大きなウツボを捕まえて逆に食べてやる」という項目が加わりました。

しかし、そう簡単に目標は達成できません。

毎年あちこちの海岸へキャンプに出かけるたびに、ウツボを釣ろうと試みるのですが、捕獲できるのは体長30~50cmクラスばかり。それ以上の大物はとにかく力が強く、針にかかっても簡単に糸を引きちぎって逃げてしまいます。

読者の中には「魚突きで仕留めればいいじゃないか」と思う方もいらっしゃるでしょう。しかし、ウツボという魚は通常、昼間は岩穴の中に隠れているので、僕がヤスを携えて海の中を泳ぎ回っていても、なかなか大物に出会う機会がありません。

また、運よく出会ったとしても、非常に生命力が強いため、よほどピンポイントで急所を貫かない限り、身をよじって逃げられてしまいます。その場合はウツボの体を傷つけるだけの結果になってしまうので、正直、ヤスで狙うのはあまり気が進みません。

そんなこんなで、やはり血の臭いがするエサで海底の岩穴からウツボをおびき出し、そのまま釣りあげた方がいいだろう、という結論に至ったのです。

さらに言えば、陸上からの釣りではなく、泳ぎながらウツボの潜んでいそうな岩穴を探し、そこをピンポイントで攻める作戦が有効ではないか。そう、僕の得意な「泳ぎ釣り」です。(※泳ぎ釣りについて詳しく知りたい方はこちらをお読みください)


とはいえ、僕が普段使っているような市販の泳ぎ釣り専用竿では、とてもじゃないけどウツボのパワーに耐えられません。いつしか僕は、ホームセンターで材料を買い集め、ウツボを捕獲するためのオリジナル仕掛けを自作するようになりました。

試行錯誤を繰り返し、改良に改良を重ねる日々。

そうこうしているちに月日は流れ、いつしか僕は新聞社を早期退職し、打倒ウツボに好きなだけ時間を費やせる環境を手に入れていました。

(※念のためですが、ウツボを捕獲するために会社を辞めたわけではありません。退職の経緯を知りたい方はこちらをお読みください。)

そして、ついに「これなら大丈夫だ」と確信できるウツボ仕掛けが完成しました。図解にするとこんな感じです。


釣り糸ではなく、ナイロン製のロープや園芸用ネットを使った頑丈な仕様。

釣りエサとは別に、ネットの袋に少し大きめの魚を入れ、その血の匂いで岩穴からウツボをおびき出す巧妙な誘導装置。

そして、どんな大物が掛かっても大丈夫そうな大型の釣り針。

どこから見ても完璧です。

リベンジの夏

さあ、いよいよリベンジの時が訪れました。

2021年の夏、僕は満を持して志摩半島を訪れ、かつて指を噛まれたポイントのすぐ近くで、見事60cmのウツボを釣りあげました。期待にたがわぬオリジナル仕掛けの威力です。そのときの写真がこちら。


このウツボは塩焼きとアラ汁にして思う存分堪能しました。しかし、僕はまだまだ満足することができませんでした。

オレの指を噛んだヤツは1mくらいありそうな大物だった。だから、次はそのクラスを狙いたい――――

その夢を叶えるために僕が選んだ舞台は、伊豆諸島の式根島です。


東京から南へ160kmほど離れた太平洋の島。以前このブログで紹介したトカラ列島の小宝島と同じく、海岸から温泉が湧き出す洋上のパラダイス。夏の行楽にはもってこいです。

ただ、僕がウツボに噛まれた2014年当時はまだ幼かった子供たちも、すでに中高生。毎回毎回喜んで海へついてくる年齢ではなくなっていました。


「今年は部活が忙しいから俺は行かない」

「私も去年三重に行ったばかりだからパス」

「暇なのはお父さんだけなんだから今回は1人で頑張ってきなよ」

家族のつれない態度を見て覚悟を決めた僕は、単身、東京の竹芝桟橋から夜行便の伊豆諸島行きフェリーに乗り込みました。


ウツボとのファーストコンタクトから8年、早期退職から2年余りが過ぎた2022年夏のことです。僕は47歳になっていました。
つづく


自分の写真
コロナ禍のなか、45歳で新聞社を早期退職し、念願のアーリーリタイア生活へ。前半生で貯めたお金の運用益で生活費をまかないながら、子育てと読書と節約の日々を送っています。

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