元先輩から聞いたヤバい話
今回は古巣の新聞業界のことを話します。
つい先日、記者時代の先輩と久しぶりに話す機会がありました。今も新聞社で働いている現役社員ですが、その人がため息まじりに言いました。
「いやあ、この会社、いよいよヤバくなってきたよ。若い奴がどんどん辞めていってるんだ」
先輩の口から最近社を去った面々の名前を聞いて、「確かにヤバいな」と僕も感じました。いずれも、政治部や経済部といった花形部署でバリバリ頑張っていた連中だからです。
そういえば、と僕も思い出しました。
僕の早期退職が社内の人事異動で発表されたころ、ある後輩記者から「実は僕も転職エージェントに登録してるんです」と打ち明けられたことがあります。彼は「同期のやつらも登録してますよ。このままこの会社にいたらヤバいって、みんなわかってますから」と話していました。
事態は相当深刻です。
今、多くの新聞社が陥っている経営難の一因は、バブル期前後に大量採用した中高年社員のダブつきです。だから経営陣は、僕のような40代以上の社員を対象にした早期退職優遇制度を打ち出して、社内の若返りを図っているわけです。
ところが、そういう中高年層ほど会社にしがみつく傾向が強く、逆に、有望な若年層が会社の将来に次々と見切りをつけているのです。
転職サイトにつづられた切実な声
先輩との話が終わった後、僕はノートパソコンを開いて、かつて利用したことがあるいくつかの転職サイトをのぞいてみました。
こういうサイトでは、あらゆる業界の転職希望者たちが勤務先企業のクチコミ情報を書き込み、会員同士で情報共有しています。クチコミ情報の内容は年収、労働環境、社内の雰囲気など多岐にわたるのですが、なかでも興味深いのは「転職を考えている理由」です。ここに勤務先への不満が凝縮されているからです。
僕はさっそく古巣の新聞社のクチコミをチェックしてみました。
するとやっぱり、あるわ、あるわ……。現役社員たちの切実な声が幾つもつづられていました。
これらの声をそのまま紹介すれば、サイトの利用規約に触れるだろうし、僕のいた新聞社が特定されてしまう恐れもあるので、ここには書きません。
ただ、ごく大雑把にまとめておくと、拘束時間が長すぎる、休みが取れないといった「労働環境への不満」、このままじゃ新聞は衰退してゆく一方だという「将来への危機感」、それなのに経営陣は思いつきレベルの対処法ばかり繰り返しているという「上層部への失望」―――といったところでしょうか。
まあ、僕が現役時代に感じていた不満と、おおむね重なる内容でした。
いくら改革と叫んでも
振り返ってみると、新聞業界からの人材流出は今に始まったことではありません。
この業界はもともと、労働基準法を無視したような記者たちの長時間労働で成り立っていたブラックな職場です。それでも、ジャーナリズムを担っているという充実感と高い給料のおかげで、一昔前までは優秀な人材がどんどん集まっていました。
しかし、1990年代末にインターネットの無料ニュースが普及したことで状況は変わりました。新聞の発行部数は年々減り続け、有料デジタル版の読者獲得も思うように進まず、ここ10年ほどは業績悪化で記者の給料も先細るようになってきました。
新聞がメディアの主役だった時代が過ぎ去り、報酬もあまり期待できないとなれば、優秀な若者がブラック職場にとどまる理由はありません。
さらに言えば、新聞社の旧態依然とした体質が、若者に愛想を尽かされる原因になっている面もあるように思います。
新聞社という組織は、「影響力あるメディア」としてもてはやされた時代が長かった分、過去の栄光に浸って思考停止したような管理職や、前例踏襲で凝り固まったような仕事があふれています。
その最たるものが、警察幹部への夜討ち朝駆けをひたすら重ねて、ライバル紙との「早打ち競争」に勝とうとする警察取材だと思いますが、こういう読者不在の伝統芸は一向に見直される気配がありません。
理由は簡単です。新聞社の幹部連中の多くが、そういう競争を勝ち抜くことで今の地位を築いた人々だからです。
はたから見れば「それって当局へのすり寄り合戦では?」と首を傾げるような取材スタイルでも、彼らは「新聞ジャーナリズムとはこういうものだ」と思い込んでいます。若い記者が「もう早打ち競争なんてやめて、他のことに注力しませんか」と提案しようものなら、「そんなことは特ダネ取ってから言え!」と一喝するだけで、議論にもなりません。
そんなオヤジたちが「改革、改革」と叫んだところで本質的なところは何も変わらないということを、若者たちは見抜いているのだと思います。
……いやあ、ついつい筆が滑って、古巣の悪口みたいなことまで書いてしまいました。
念のために補足しておくと、こういう業界に身を置きながら、「何とか新聞を生まれ変わらせたい」「世の中に必要とされる情報を発信するにはどうすればいいだろう」と真剣に悩み続けている記者が大勢いることも僕は知っています。
無料ネットニュースが当たり前になった時代に新聞が生き残る道は本当に険しいと思いますが、かつて業界の末席に名を連ねた者の一人として、彼ら彼女らの健闘を願わずにはいられません。
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