ここ最近、古巣の新聞社の元同僚が早期退職制度に応募したとか、若手記者が別業界に転職したとかいう噂が頻繁に耳に入ってくるようになりました。
FIREや転職といった選択肢がメジャーになってきたからなのか、新聞業界の先行きがいよいよ怪しくなってきたからなのか、そのあたりはよくわかりませんが、本当に「あの人も、この人も」といった感じです。
その中でも、ある50代半ばの女性管理職がこの春、早期退職することになったという風の便りが、僕の心にとても鮮烈な印象を残しました。今回はその話をします。
ただし、これは又聞きの噂話ですから、不正確な部分があるかもしれないという前提で読んでください。
会社から渡された「辞めさせリスト」
その方、Aさんは元記者で独身、現在はある部署の管理職をしています。
僕は在職中、彼女と同じ職場で働いたことがないので、その人柄や仕事ぶりは詳しく知りません。しかし、まだまだ男中心社会の新聞社で管理職にまで出世したわけだから、それなりに優秀な方なのだと思います。
で、その退職理由がすごい。
前にも書いたことがありますが、僕が勤めていた新聞社は近年、社員の若返りを図るため、高額な割増退職金を設けて一定年齢以上のベテラン勢の早期退職を推奨しています。
特に昨年あたりからは、「会社にとって有用でない」と見なした年配社員に狙いを定め、管理職が面談を重ねながら早期退職制度への応募を勧めるという、事実上の「肩たたき」を実行するようになりました。
この話を聞いた時、僕は「ああ、社内がこんな状態になる前に気持ちよく辞めておいて正解だった」とつくづく思ったものです。
そして噂によると、管理職であるAさんも昨年、会社から「あなたの職場の有用でない社員」のブラックリストを渡され、「彼らが自主的に早期退職の道を選ぶよう面談を繰り返すように」と指示されたそうです。
まさに「辞めさせリスト」です。
運命の皮肉
ところが、このAさん、記者時代に企業のリストラ問題を取材した経験がありました。その際、これと狙いを定めた社員を精神的に追い詰めて退職に追い込むやり口に憤りを覚え、「これは許せない」と批判的な記事を書いたそうです。
もちろん、新聞社としても当時は過酷なリストラに批判的な論調を展開していたわけだから、社論に沿った記事だったのでしょう。
その自分が時を経て、こともあろうに新聞社内でリストラの実行役を担わされることになったわけだから、運命の皮肉としか言いようがありません。
結局、彼女は「こんなことしたら自分が記者としてやってきたことを否定することになる」と考え、自ら早期退職制度に応募して会社を去ることを決めたそうです。
噂では、再就職先は特に決めていないとか。あるいは、これを機会にアーリーリタイアするつもりなのかもしれません。
この話を元同僚から聞いた時、「なんてカッコいい人なんだ!」と僕は感心しました。
もっとも、これだけが退職理由というわけでもないようです。
事情を知っていそうな別の元同僚にこの話を当ててみたところ、「ああ、Aさんは数年前から、もう辞めたいみたいなことを周囲に言ってたらしいよ。もちろん、今回の件が最終的な引き金になったのだとは思うけど」との答えでした。
どうやら、もともと会社に見切りをつけていたところへ、今回のリストラ問題が重なって背中を押されたというのが真相みたいです。
言うは易し行うは難し
でも、その点を差し引いても、やっぱりカッコいい。
新聞記者が理想を掲げて批判記事を書くのは割と簡単だけど、自分がその立場に追い込まれた時に、その理想通りに行動するというのはなかなか難しいもの。ライフプランに関わる問題ならなおさらです。
振り返れば、僕の退職理由なんて「仕事が面白くなくなった。仕事がしんどい。そろそろ自由の身になりたい」という脱出願望だけでした。
Aさんの退職話を聞いて、できれば僕もこういうカッコいい退職理由を語ってみたかったな、としみじみ思いました。
でも、仮に僕が順調な会社員人生を送っている時に、Aさんのような立場に置かれたとしたら、果たして、信念を貫いて会社の要求をはねつけることができただろうか……。
正直、あまり自信がありません。
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